草刈りはボケ防止になるのか

 内閣府は、高齢社会対策基本法に基づき、高齢化の状況や政府が講じた高齢社会対策の実施の状況について明らかにするため、平成8年から高齢社会白書なるものを報告しています。令和元年度版の高齢社会白書によると、我が国の平成30(2018)年10月1日の65歳以上人口は3,558万人となり、総人口に占める割合として示される「高齢化率」は28.1%となったということです。特に、農村部の高齢化率は高く、山間地域などでは65%を超えている地区もざらにあります。

 でも、現役時代は調査で、また最近では講演会などに呼ばれて、農村部に出かけ、農村のお年寄りと一緒に食事をしたり、夜の宴会に参加したりすると、ふと気づくことがあります。それは、みんなお年寄りであるはずだが、お年寄り、高齢者と接している感じがしないのです。みんなよく食べ、よくしゃべり、よく飲む。病気になった私の体力が以前よりも落ちているせいかも知れないが、それにしても、70代、80代のお年寄りがとてもパワフルなのです。

 山形大学の東北創生研究所長の村松先生と講演会をご一緒した時、講演会を聴講されていた地域のお年寄りたちに向かって、彼は「人生100年時代です。70歳はまだまだこれからです。いいですか、死ぬまで元気に地域づくりですよ」と言っていたのを、ニコニコしながら聞いてるお年寄りたちを見ると、なんか、私の方が危ないんじゃないかと不安になって来ます。

 早稲田大学の農業経済の大家でいらっしゃる堀口健治先生がされた調査で、農業者と非農業者の後期高齢者の医療費を比較したところ、明らかに農業従事高齢者の方が、医療費が少ないという結果となったということです。農業就業と非農業就業で比較しても、それなりの差はあり、農業就業者の方が医療費は少なかったらしいので、農業への就業が健康寿命を引き延ばしている可能性は十分にあるようです。

 そういえば、昔、京都の農業改良普及員さんにこんな話を聞いたことがあります。とある集落に元気な爺様がいて、本業である農業は引退して、後継者に任せたが、田んぼの畦畔のずさんな草の刈り方が気になって仕方ないらしく、運動がてらに、水路の法面も含めて、爺様がいつもきれいに刈って、「草刈りはワシの生きがいや」と言っていたそうです。集落内の住民も、あの爺様はいつも明るくて元気だなぁと感心していたそうです。でもその後、圃場整備により田んぼの面積を広げた結果、法面が高くなったため、草刈りがとてもし難くなったそうです。それでも、爺様が草刈りに行くものだから、水路に転げ落ちたりしたら危ないと思って、息子さん夫婦が爺様の楽しみであった草刈りの仕事を取り上げたらしい。そうすると、1年もしない内に、認知症を患い始めたというのだ。 草刈りをしなくなったことが原因とは簡単には言えないが、普及員さんに言わすと、爺様の生きがいを取ったからで、きっと草刈りにはどこか人を活性化させる要素が有るんだと言うことだ。確かに、農作業が認知症の治療に効果的だということは、様々な臨床事例で実証されていて、農業先進国であるオランダでもケアファームの取り組みが拡大していると聞きます。

 私は、以前、農業の有する教育的機能の研究で、農作業時の脳内酸素の増加について論文を書いたことがありますが、その時の対象は子供たちでしたが、草刈りには、明らかに日常行為とは違う脳内の動きがありました。

 文頭の図を見てください。脳内を流れる血液にどれくらい酸素がくっついているかは横軸の「酸素化率」という数値で示されます。また、縦軸の「酸素変化量差」というのは、これから酸素のくっつく量が増える傾向なのか、それとも減る傾向なのかを示す指標で、これが大きいほど、酸素量はどんどん増えて、脳の動きはよくなります。よって、上のグラフでは、青い線で4つの区分に分けた内の右上の「脳活性」と書いた枠内にある行為は、よく脳が動いており、左下の「脳安静」とかかれた枠内に入る行為は、脳を休めている行為ということになります。

 人によって、脳の動きは違うので、同じ行為を何人かにやってもらいますが、「そば打ち」と「草刈り」の体験は、多くの人(●や■の数)の脳が活性化傾向にあることが分かりますでしょう。

 まぁ、私の研究成果は医学実験ではないので、あくまでも傾向であって、不確かな点もありますが、もし、農作業が認知症の回復にいい影響を与えているとしたら、この結果もそれなりに意味があるのかもしれません。

 お年寄りは、会社という組織や経営者という役割からはリタイヤしたのかもしれませんが、集落社会生活からリタイヤした訳ではありません。前出の村松先生の言葉じゃありませんが、農村づくりに高齢者の役割はまだまだあります。よく、お年寄りの中には、「わしらは死んでいくだけなので、農村づくりは若いもんに任せる」と言われる方がいますが、いやいや、農村づくり年齢で、70歳は若いと言わねばなりません。

 私も、研究会を通して農村づくりのお手伝いをすると言っているのですから、農村のお年寄りに負けるわけにはいきません。先ずは、自分の庭の草刈りから始めますか。台風が近づく中、草ぼうぼうの庭の草が異様に揺れているのを見ている内に、こんなことを考えました。

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