雑感 新たな基本計画

 令和2年3月31日に、新たな食料・農業・農村基本計画が閣議決定されました。

 平成11年7月16日、食料・農業・農村基本法が施行されてから、5期目、令和初の基本計画となります。2月24日に骨子案が出された際に、「言わせてもらえば」のコーナーで「2020の基本計画策定へ」と題して一度取り上げさせてもらいましたが、その時は、パブリックコメントについてのお話だったので、中身について取り上げるのは今回が初めてです。

 あの後、新型コロナウイルス感染の問題が浮上し、あれよあれよという間にたいへんなことになってしまいましたし、4月は多面活動事務処理ソフト「楽ちん多面」の改良案のまとめなどで忙しかったため、今回はじめて、しっかりと内容を読んでみました。

 先ず、全体として、産業政策と地域政策を車の両輪とした農業・農村一体的な振興を図るというスタンスは、これまでとなんら変わっていません。只、これまでの基本計画は産業政策に重点がおかれていて、地域政策は付け足し的に見えていたのに対して、今回は、少し前進しているように読めました。

 車の両輪だというからには、車輪の大きさが同じでないと、実際の車でもそうですが、前に進むことはありません。あまりにも大きさが違うと、同じ場所をぐるぐる回るだけになってしまいます。しかし今回は、産業政策と地域政策の車輪のバランスが少しは取れました。まだ産業政策の方が大きいので、少し右なり左なりに逸れては行くものの、大きく距離を稼げるようなバランスになったと思えます。

 27年度の計画と今回の計画の文章を文節毎に分けて、Excelで比較しながら、読み込んでいったところ、この5年間で、農業・農村の情勢が大きく変わった訳ではないので、少々の組み換えはあるにせよ、かなりの部分が文書ごとそっくりで同じで、基本的には同じような内容になっていました。

 自給率は、いつもどおり、ちょこちょこっと数字を触っているものの、前回初めて出した「食料自給力指標」や「生産額ベース」などが項立てされ、ちょっと本気になっているように読めます。また、革新技術の方向性が現実味を帯びてきて、「スマート農業」、「デジタルトランスフォーメーション(デジタル技術の活用による産業や社会の変革)」といった具体的な用語になっています。更に、前回も出た「田園回帰」には、更に「半農半X」が引っ付いて、若い世代の巻き込み戦略が明らかになっています。「SDGs」はどんな扱いかになるのかと興味を以って見てみましたが、枕詞みたいに使われているに過ぎない。要するに、全体の流れはほとんど変わっていませんでした。

 しかし、農村の振興に関する施策については、一部にこれまでと違う積極性が見受けられと言って良いのではないでしょうか。第3の3「農村の振興に関する施策」の中にある文章がそれを指します。

 『国土の大宗を占める農村は、国民に不可欠な食料を安定供給する基盤であるとともに、農業・林業など様々な産業が営まれ、多様な地域住民が生活する場でもあり、・・・多面的機能が発揮される場であることから、都市住民への恵沢も踏まえた多面的機能の十分な発揮を図るためにも農村の振興を図ることが必要である。』

 『・・・農村の持つ価値や魅力が国内外で再評価されており、こうした動きも踏まえ、地域住民に加えて関係人口も含めた幅広い主体の参画の下で、農村の振興に関する施策を推進していく必要がある。』

 『農村の振興に当たっては、第一に、生産基盤の強化による収益力の向上等を図り農業を活性化することや、農村の多様な地域資源と他分野との組合せによって新たな価値を創出し所得と雇用機会を確保すること、第二に、中山間地域をはじめとした農村に人が住み続けるための条件を整備すること、第三に、農村への国民の関心を高め、農村を広域的に支える新たな動きや活力を生み出していくこと、この「三つの柱」に沿って、効果的・効率的な国土利用の視点も踏まえて関係府省が連携した上で、施策の展開を図ることが重要である。このため、関係府省、都道府県・市町村、民間事業者など、農村を含めた地域の振興に係る関係者が連携し、現場の実態と課題やニーズを把握・共有した上で、その解決や実現に向けて、施策を総合的かつ一体的に推進する。』

 平成27年度の計画でも、すでに、「田園回帰の波を活性化へ繋げること」、「様々な経営体、多様な人材、女性の参画」、「関係府省の連携の下に行う総合化」などは出ていましたが、十分な出力にはなっていなかったように思いますが、今回は、具体的に踏み込んでいます。

 「農村を多様な地域住民が生活する場として位置付け」、「地域住民に加えて関係人口も含めた幅広い主体の参画」、「関係府省、都道府県・市町村、民間事業者など、農村を含めた地域の振興に係る関係者の連携」という文章がとても華やかです。

 特に、「関係府省で連携した仕組みづくり」という、これまでに表現されてこなかった新しい項目があり、その中で、以下のことが述べられています。

 『・・・施策を効率的・効果的に実施していくため、農村の実態や要望について、農林水産省が中心となって、都道府県や市町村、関係府省や民間とともに、現場に出向いて 直接把握し、把握した内容を調査・分析した上で、課題の解決を図る取組を継続的に 実施するための仕組みを構築する。』

 「農林水産省が現場に出向いて、直接把握し」といった表現はこれまでに見たことが無いので、とても新鮮です。これまで中央省庁の行政マンが現場から遠すぎる点を反省し、机上の仕組みづくりでは埒が明かないとようやく分かったということなら、とても良い姿勢だと思います。

 本当にそんなことがやれるのかと疑いの眼で、「直接把握し」とはどういうことなのだろうかと、昨年12月9日の食料・農業・農村政策審議会の資料を見ますと、『課題の解決策を探るに当たっては、都道府県や市町村、民間とも連携する。特に、都道府県や市町村に対し、農業部局に限らない部局横断的な対応を行うよう、呼びかけを行う。』との記述がありました。まだ具体的なやり方までにはほど遠いが、それでも、私は一歩前進した政府の姿勢かつ表現だと理解しました。

 是非、表面的な調査なんかじゃなくて、農村にある根深い悩みを優秀な行政マンにしっかりみてもらい、解決策を探ってもらいたいものです。

 今回の副題は「我が国の食と活力ある農業・農村を次の世代につなぐために」となっていますが、食料自給率については、今回の新型コロナ問題でも再認識させられたように、本気で考えないと先がなくなりそうですし、農村も少子高齢化、人口減少で先が見えない。自粛、自粛で厳しい世情ですが、政策が自粛していては、次の世代は生きられない。「次の世代につなぐために」と、希望をもってがんばりましょうという副題ではなく、「次の世代に必ずつなぎます」という副題にしてもらいたいものです。

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