ビジュアライズの思いがけない効果

福与徳文(茨城大学)

 筆者は、様々な専門家(このwebサイトの主宰者の山本徳司さんも、そのうちの一人)とともに東日本大震災の津波被災地に赴き、住民参加型の復興計画づくりのお手伝いをしてきました(福与2020)。

 いま思えば、我々が行った支援など、誠にささやかなもので、むしろ我々の方が被災地の皆さんから多くのことを学びました。この講義では、その中の一つについてお話します。

フォトモンタージュによる景観シミュレーション

 災害からの復興計画づくりにおいては、被災によって地域の景観が大きく変わってしまうということもあって、復興のアイデアをわかりやすくビジュアライズ(見える化)することが大切です。

 そこでまず、ビジュアライズの具体例として、景観シミュレーション事例を一つ紹介しておきましょう(図1)。このシミュレーションはCGを用いたフォトモンタージュ(合成写真)によるもので、CGは(株)イマジックデザインがボランティアで作成してくれました。シミュレーションの対象となった場所は、岩手県大船渡市吉浜(よしはま)です。吉浜は、世界に冠たる吉浜鮑(キッピンアワビ、吉品干鮑)の産地で、明治三陸津波(1896年)のときの村長の先導により、低地部にあった住居を高台に移転させ、その後、低地部には決して戻らなかったため、今回も巨大津波が押し寄せたにも関わらず、他の被災地と比べれば、被害を最小限(犠牲者1名)にとどめた地域として有名です。「ラッキービーチ」(USA TODAY)とか、「吉浜の奇跡」(読売新聞)とかいった呼び方で、マスコミにも取り上げられました。この吉浜で、「海岸堤防を高くしないかわりに、高台の住宅群と低地部の農地の間に第2堤防兼集落道を整備する」というアイデアを、被災住民自身(吉浜農地復興委員会:地域のリーダーたち)が考えていたので、そのイメージ図を我々(外部支援者)がフォトモンタージュにより作成したという訳なのです。

図1.景観シミュレーション事例1

 地域の方々が集まった話し合いの場で、この景観シミュレーションを映写したところ、「第2堤防の高さが、津波が到達した石垣の高さなので、もう少し高くした方がよいのではないか」とか、「第2堤防の整備が、津波が到達しなかった他のエリアに影響を与えてしまうのではないか」といった疑問や意見が、その場で出されました。景観シミュレーションを提示することによって、話し合いの場に参加した人たちの計画案に対する理解が促されたと言って良いでしょう。

お祭りの場の景観シミュレーション

 さてこの講義で特に紹介したかったのは、「お祭りの場」に関する景観シミュレーションです(図2)。これは地元(吉浜農地復興委員会)からのリクエストに応じて作成したもので、山本さんが2次元デジタル画像処理(写真の切り貼り)により作成しました。この景観シミュレーションも、地域の皆さんが集まっている場で映写しました(写真)。

図2.景観シミュレーション事例2
写真 住民説明会における景観シミュレーションの映写(2011年8月4日、吉浜地区拠点センター)

 図2の左側は現況図(2011年7月時点)です。吉浜の新山神社の石段の上から撮影した写真ですが、地震により鳥居が倒壊しています。この神社の4年に1度のお祭りでは、神輿が漁船に乗せられて「海上渡御」します。震災当時、神社の石段の前方は木々に塞がれて見通しがきかない(海が見えない)状況でした。昭和三陸津波(1933年)に襲われる前は、現在、木々に覆われている斜面の下に鳥居があり(いまでもその跡は残っています)、神社への参道もあったといいます。

 そして図2の右側の図は、地元からのリクエストによって作成した景観シミュレーションです。「神社の前面を覆っている木々を切り払って海が見えるようにし、農地の復興時に整備される農道を、神社から真っ直ぐに浜に降りられる道として整備することによって、式年大祭のときには神輿が真っ直ぐ浜に下りられるようにする」という吉浜農地復興委員会のアイデアにもとづいて作成したものです。木々に塞がれていたため見えなかった海と、その対岸が再現されているのがポイントです。

 さて、このシミュレーションを映写したときの住民の反応は、「これを見たら元気が出てきた」、「お祭り広場も整備したらよい」というものでした。我々にとって意外だったことは、会場全体が活気づいたことです。

 お祭りの場の景観シミュレーションの作成を、地元(吉浜農地復興委員会)から依頼されたとき、津波減災空間の創出とは直接関係のないシミュレーションを作成することの重要性を、当初、我々(外部支援者)はよく理解できませんでした。しかし、会場の盛り上がり方を見て、「なるほど」と思いました。被災した住民にとって、お祭りの場がいかに大切なのかということと、景観シミュレーションには、復興計画案の理解促進効果とともに、被災住民に復興に向けて元気を取り戻してもらうという「思いがけない効果」があることがわかりました。

思いがけない効果(潜在的機能)とは?

 「景観シミュレーションを話し合いの場で映写すること」のねらいは、一言でいえば地域のリーダーたち(吉浜農地復興委員会)が作成した復興計画案に対する一般住民の「理解の促進」です。復興計画案に関する具体的なイメージを、被災後の吉浜の景観に重ね合わせ、それを住民に提示することによって、吉浜農地復興委員会が作成した復興計画案に対する一般住民の理解を促し、話し合いを活発にし、しかる後に地域の合意形成につなげることです。住民説明会や役員会における住民の反応を見る限り、役員が作成した復興計画案に対する吉浜住民の理解を促進し、計画案が抱える問題点を浮き彫りにし、参加者間でそれを共有する効果があったとみてよいでしょう。これらが景観シミュレーションの「ねらいどおりの効果」だったということになります。さらに景観シミュレーションには、「復興後の地域の姿を住民に見てもらうことによって、復興にむけての意欲や元気を取り戻してもらう」という被災住民の心理面への「思いがけない効果」があったということになります。

 社会学的にいうと、景観シミュレーションの「潜在的機能」が認められたことになります。「潜在的機能」とは、アメリカの社会学者ロバート・K・マートン(前回の講義でも登場)が提起した概念です。マートンのいう潜在的機能とは「意図せざる、当事者は認識していないが観察者によりはじめて認識される機能」という意味で、「意図した、当事者が認識している機能」である「顕在的機能」と対比されます。

 「合意形成のための理解促進機能」は景観シミュレーションの顕在的機能といえるし、「被災住民を元気づける機能」は潜在的機能といえます。ところで、ここで注意しなければならないのは、マートンが潜在的機能という概念に「当事者は認識していないが、観察者によりはじめて認識される機能」という意味を持たせている点についてです。住民参加型の復興計画づくりの現場において、一般的には「当事者=住民」、「観察者=専門家」と認識されがちですが、吉浜の場合、筆者ら専門家(外部支援者)は景観シミュレーションの「被災住民を元気づける機能」に当初気づいていなかったのに対して、住民(吉浜農地復興委員会)の方では、減災・防災とは直接関係のない「お祭りの場」のシミュレーションを筆者らにリクエストした時点で、景観シミュレーションの「被災住民を元気づける機能」(少なくとも「会場を盛り上げる機能」)に気づいていた可能性が高いのです。この場合、筆者ら専門家(=観察者)の方が、景観シミュレーションの目的(顕在的機能)である「合意形成のための理解促進機能」に気をとられてしまい、「被災住民を元気づける」という潜在的機能が見えにくくなっていたといえましょう。

マンション販売用のCGとどこが違うのか?

 さて以下は、吉浜で一緒に活動した山本さんがよく話していたことですが、とても大事なことですので、ここで私の方から紹介しておきます。

 吉浜で用いられたCGによる景観シミュレーションは、マンション販売用のパンフレットで完成イメージ図として用いられているものと同じ方法で作られています。事実、吉浜のCGを作成してくれた(株)イマジックデザインは、農研機構と共同で「農地基盤地理情報システム(VIMS)」を開発した会社ですが、マンション販売用のCGも作成しています。しかし吉浜で用いたCGと、マンション販売用のCGとでは、用い方が全く異なるということを、ここで確認しておきましょう。

 マンション販売用の完成イメージ図は、建設される前の物件の完成後のイメージを消費者に提示して、消費者に完成後の姿を理解してもらい、当該商品を購入するかどうかを決めてもらうためのもので、それを見た消費者がそれをどのように評価しようと、建設されるマンションの設計には影響を与えないのが普通です。一方、住民参加型の復興計画づくりにおいて提示する景観シミュレーションは、計画案のイメージを提示し、参加住民の理解を促進することによって話し合いを活性化するためのもので、その話し合いで出された意見によって、つまり議論の結果によって計画案が変わりうることを前提として作成されるものなのです。

ビジュアライズの方法として同様の機能を持つもの

 もちろん、復興のアイデアをビジュアライズする方法としては、写真の切り貼りやCGを用いたフォトモンタージュによる景観シミュレーションばかりが有効だという訳ではありません。建築家などが「模型」を作り、復興後の「街」の姿を住民に見せている映像を、テレビで見た読者も少なからずいるのではないかと思います。テレビで映し出された「模型」が、被災住民の意見によって作り直すことを前提に作られたものなのか、その「模型」が示しているものが復興計画の最終的な姿なのかどうかは、その映像を見ただけではわかりませんでしたが、もし作り直すことを前提とするのであれば、「模型」よりも「フォトモンタージュ」のほうが作り直しやすいし、いくつかのヴァージョンを場所もとらずに用意することができます。また「模型」の多くが、復興後の「街」だったように記憶していますが、建築物群であれば「模型」によるビジュアライズが効果的かもしれませんが、農地を含む景観となると、空間の多くを占める農地部分は(建築物と比べれば)凹凸に乏しく、「模型」で示すことによるビジュアライズ効果は小さなものとならざるを得ないと思います。また海岸堤防の高さを変えるなどし、ある地点から「海が見えるかどうか」をシミュレーションしようと思えば、「フォトモンタージュ」の方にアドバンテージがあります(図3)。もちろん「模型」には「模型」の良さがあるとは思いますが、「フォトモンタージュ」の方が「模型」より優れている点も少なからず存在します。それぞれ一長一短がありますが、復興計画案について、被災住民の理解を促進し、元気を取り戻してもらうという機能を持っている点では、「模型」も「フォトモンタージュ」も同じだと考えます。これもマートン流に言えば、「フォトモンタージュ」と「模型」は、被災住民の「合意形成のための理解促進機能」と「被災住民を元気づける機能」という点に関して「機能的に等価である」ということになります。

図3.景観シミュレーション事例3
シミュレーションに近づく現実

 図4に並べた2つの写真(①②)は、新山神社の鳥居周辺のその後を撮ったものです。①は2013年11月16日に撮影し、②は2015年10月3日に撮影しました。これらの写真から吉浜の復興への道のりをたどってみましょう。

 写真①(2013年11月撮影):石造りの鳥居が再建され、視界を塞いでいた木々は伐採されました。「海が見えるように」という構想に基づいて伐採されたというわけではなく、津波の塩分によって枯死したため伐採されたと聞きました。結果として、海が見えるようになったというわけです。農地の復興も半分ほど進んでいます。

 写真②(2015年10月撮影):稲穂が黄金色に稔っており、まもなく収穫の日を迎えようとしています。海岸堤防はまだ完成していませんが、農地はすっかり復興しました。再建された鳥居のすぐ向こうがわに、工事車両があるのにお気づきでしょうか。まだ完成していませんが、新しく整備された「第2堤防兼集落道」の上に工事車両が乗っているのです。海にまっすぐ降りていく道の整備こそ叶いませんでしたが、2011年に吉浜住民自身が構想した復興後の姿(景観シミュレーション)に現実がだんだん近づきつつあることがわかります。

図4.シミュレーションに近づきつつある現実
コーディネータの役割

 さて、ここまでお話ししてくると、読者から次のようなツッコミを受けそうです。「景観シミュレーションを作成したのは山本さんや(株)イマジックデザインではないか、お前はいったい何をやっていたのだ」と。

 ここで外部支援者としての専門家の役割を整理しておきます。住民参加型の復興計画づくりにおいて果たす専門家の役割としては、以下が挙げられます。

 ①スペシャリストとして:被災住民の理解促進や共同学習のために、それぞれの専門分野を活かした実態分析や評価・予測などを行い、住民に提示すること。    

 ②ゼネラリストとして:被災地の状況に応じた計画策定プロセスを設計し、それをコーディネートすること。またプロセス全体を見守り(進行・管理)、記録すること。

 筆者らが支援した地域では、スペシャリストとして様々な専門家が、実態分析や評価・予測(シミュレーション)を行いました。吉浜においては、この後、津波浸水シミュレーション結果を提示しましたし、宮城県七ヶ浜町では、農地基盤地理情報システムVIM S上に農地集積の現状(実態調査結果)と理想(経営シミュレーション結果)をビジュアライズして、被災農家に話し合ってもらっています(福与2020)。

 そして筆者がゼネラリストとしての役割を担ったわけなのですが、コーディネータとして筆者に期待された役割(実際にできたかどうかは別にして)を列挙すると、次のようになります。

①住民の経験知や将来に対する考えを体系化・整理して復興計画(案)にまとめていく。

②減災対策から地域活性化対策にいたるまでの様々な課題に対する相談役になる。

③住民による復興計画策定の進捗状況に合わせて、どのような支援技術を投入すればよいのかを判断する。

④復興計画(案)の策定から事業実施への流れを見守る。

 筆者も、山本さんたちが活躍する傍で、ただぼんやりしていたわけではないのです。

参考文献

・福与徳文『災害に強い地域づくり:地域社会の内発性と計画』日本経済評論社、2020

・マートン『社会理論と社会構造』みすず書房、1961

※以上の内容を詳しく知りたい方は、福与先生の書かれた以下の本をお薦めします。

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。