幽霊はここにいる

 今年は、コロナの関係で、お盆の帰省をして良いのか、悪いのかよく分からないが、どちらにしろ、素直に帰ることは制限されてしまったようで、日本の古き良き時代の風習が、新しい時代の生活スタイルにかき消されてしまいそうで、なんだかなぁという感じですね。

 まぁ、「我慢、我慢」の年なのかもしれない。

 さて、研究会のホームページでは、昨年からの念願でありましたゲスト講座を開くことができ、第一弾として、茨城大学の福与先生に、7月9日、24日と2回に渡って、御講義いただきました。これだけでもありがたいことなのですが、さらに先日、おまけの原稿を頂きましたので、本日8月10日、ゲスト講座に第三回目のアップをさせてもらいました。

 講義というよりは、東北大震災復興がらみの調査の中で得られた経験の一つを紹介ということで、講座そのものではないので、コラムという位置づけにさせてもらいましたが、内容的には、農村づくりを進めるに当たって、考えさせられるところがありますので、是非、一読いただきたい。

 このコラムに影響されて、今日は幽霊話のススメのお話をします。

 科学が発達し、様々な事象が解明され、新たな素材や方法が開発され、また、多くの情報が入手できる時代となり、魔訶不思議であった現象も、科学的かつ合理的な説明がなされてしまい、すべてがリアルとして認識されるようになり、心の裏側を支え、バランスを取ってくれていたバーチャルな存在として重要であったあの世と現世の関係性も、その中で登場する幽霊も妖怪も、リアルに晒され、コミュニケーションしにくく、居心地の悪い存在となってしまいました。

 どうやら、思い起こすに、情報化の時代に突入してから、お化け話は極端に減ってしまったのではないでしょうか。映画や演劇などのエンターティメント、メディアでの取り上げも、近頃めっきり影を潜めています。電波にのって来る内容そのものより、電波そのもののイレギュラーな現象が恐さになっている。貞子はテレビから出て来るし(リング:鈴木光司)、スマホを落としただけなのに、知らない人から電話は掛かってくるし(スマホを落としただけなのに:志駕晃)、人の情念を媒体にしたバーチャル(仮想的な)なコミュニケーションではなく、リアルな情念に振り回されている。しかも、そうして怪談が伝わりにくくなった頃から、人間の心のバランスも崩れてきているように思います。

 私は、父方も母方の祖父母も早くに亡くしているので、祖父母から寝床でお化け話を聞くということはなかったが、それ以上の働きをしたのは、親戚の叔母さんたちであった。特に母方の姉妹は、話し上手が多く、誰もが十八番を持っていて、盆で田舎に帰ると、従弟たちと一緒に、寝床で、極めつけの一発を聞いたものだ。その多くは、誰でもが知っている「置いてけ堀」とか「番町皿屋敷」だったが、なぜかその中のいくつかは、まったくこれまでに聞いたことのない話だった。叔母さんがいくつか話して、脅していった後、従弟通しで、寝ながら話すトイレの花子さんやメリーさんとかで、少し恐怖を緩和しながら寝ようとしても、気になって寝られなくなるほどの恐さだった。

 話は往々にして面白くない。番町皿屋敷や四谷怪談のような文学的余韻もない。問題は、舞台の共有性なのだ。「もう、20年ぐらい前の話かなぁ。○○小学校の裏に◇◇寺ってあるだろう。あそこの住職さんが、今日みたいな暑い夏の夜のこと、寝床に着いたら、『もし、もし・・御坊様』と縁側の方から声がする。起き上がり、障子をあけ、縁側を見ると長い髪の女性がびっしょり濡れて水を滴らせながら座っていたっていうんだよ。・・・・・・・次の日、○○山の麓に△△池っていのうがあるだろう。あそこで、病気を苦にして入水自殺した娘さんの遺体が見つかったんだよ。住職さんの家の縁側見せてもらいな。未だに座っていたところ渇いていないって。」

 似た話はいっぱいあるが、全部知っている土地で、知っている人であるという点が問題なのです。

 何か知らない土地の知らない話ではなく、自分が知っている土地の知らない話である。そして、話を聞くことによって、自分は地域の情報の共有者となり、我が事としての実感が疑似体験されてしまうのである。

 この体験によって明らかに、自分の中に土地の情報がインプットされ、あの池は危ないとか、近づかない方が良いとか思い始める。話はリアルだったのかもしれないし、生と死の狭間には何かそういったうつろう時間や空間があるのかもしれないが、それ以上に、土地という情報を背負ったことにより、自分の中に土地のバーチャルが目覚めることである。

 叔母さんが、戒めのために創作したとは思えない。おそらく、この話はもっと昔からある話で、叔母さんも、その祖父母から、「20年ほど前の話だが・・」と伝えられたのかもしれない。

 幽霊話や怪談には、その土地からあの世に旅立った人たちが、私たちにメッセージを残しているのだと思って良いと私は思っています。そして、伝えられた人が、リアルからバーチャルを生み、同じ場所に住んでいる、自分はこの社会の一員であるというバーチャルを鍛え上げながら成長する過程であると思える。このバーチャルがあるから、心の平衡は保たれる。

 皆さん、もし、あなたの地域にまつわる様々な幽霊話や怪談があるのなら、是非、子や孫たちにしっかりと伝えておいてほしい。それは地域の大きな問題を代々と伝えている、重要な話だと思ってほしい。但し、バーチャルが形成できるくらいの恐さで伝えてください。あまりに上手過ぎると、子供がバーチャルに逃げ込んでしまうかもしれない。

 読者の中には、今年は、子と孫が帰省しないという方もたくさんいるだろうし、帰らないという方もいるでしょう。では、仕方がない。来年全部話せるように、今年は、できれば何かに題名だけでもリストアップしておけばどうでしょうか。スマホのメモに入れておくとか。んっ。それじゃぁ、重みが無さ過ぎますか。

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