オリンピックとイノベーション

 昭和39年10月。前東京オリンピックの時、私は小学1年生でした。未熟児で生まれ、小さくてガリガリだったにも関わらず、早行きだった私は、母に言わせると、後ろ姿はランドセルが歩いているようにしか見えなかったそうだ。体力もないので、学校までの距離を歩くだけでへとへと、文字も読めず、足し算引き算もできなかった私は、学校へ行って、とにかく同級生に追い付くことだけで精一杯で、社会で何が起こっているかなんてことに興味はなかったというか、全く知らなかった。

 10月12日、夜何時ぐらいだったのか、また、その前後のシチュエーションもよく覚えていないのですが、はっきりと覚えているのは、母がものすごい勢いで、私の部屋に興奮して入ってきて、「三宅選手が金メダルとったよ」と言ったことだ。いや、もしかしたら、次の日の朝だったのかもしれない。只、興奮して発した母の言葉だけは鮮明に残っている。

 この時初めて、オリンピックたるものが日本で行われていることもそうですし、オリンピックというイベントの存在もそうですし、金メダルというものがあることもすべて知ったのです。きょとんとしていた私を見て、母はこう言った。「徳ちゃん、あんた、オリンピック知らんのかいな」と。

 その後、母が順序よくオリンピックのことや、重量挙げという競技についても教えてくれて、なんとなくおおよそのことは分かったが、一番驚いたのは、自分の体重の3倍ぐらいの重さの人を頭の上に上げる競技だということで(母が大げさに言ったのだ)、漫画みたいに3人の人が重なって、頭の上に持ち上げられている絵を想像したのは、未だに脳裏に焼き付いている。重量挙げというと、今でも、この絵が真っ先に頭をよぎる。それほど衝撃だったのだろう。 

 令和3年7月24日、東京オリンピック・パラリンピック2020がついに開幕した。これまでのオリンピックの長い歴史の中で、戦争以外で、これほどまでに苦難の道を歩んだオリンピックというものはかつてなかっただろう。コロナ禍での開催と言うことで、多くの国民に支持されないまま、更に様々なドタバタ劇に政府も組織委員会も半幕しか引けず、最も重要な安全安心も国民には理解できないまま始まってしまった。

 兎にも角にも、クラスターの発生などを極力さけて、最後まで、選手の皆さんが気持ちよく競技に打ち込むことができればと願うだけだ。観客がいないことでモチベーションにも影響するとは思うが、SNSやテレ応援も新しい時代のライフスタイルだと理解していただき、己との戦いに打ち勝ってもらいたい。そんな競技にひたむきな選手の姿を見たいと思っている。 

 ところで、2020東京大会は、ソサイエティ5.0を意識したICTイノベーションの大会でもあったようにも思うが、最近、それらの新技術のことについては、あまりニュースにならないが、どうしたのだろうか。私なんかは、今回は、バーチャル放送が当たり前のように見ることができるようになって、スタジアムへ行かなくても、まるで競技場の中にいるかのような体験ができるものと思っていましたし、確か、フィールド競技なんかは、5Gや8Kの映像・通信技術によって、審判と一緒に選手の隣を走っているかのような体験ができると思っていましたが、それらはどうなったのだろうか。いくつかの技術はスポンサー中心となって作ったファンパークのパビリオンなどで公開される予定だったのだろうが、無観客となり、今やファンパークも工事中の万博博覧会みたいになっているようだ。

 オリンピックに向けたICTイノベーションに関する内閣府のプロジェクトが立ち上がっていたと記憶していたので、ネットを調べてみたら、「2020 年オリンピック・パラリンピック東京大会に向けた科学技術イノベーションの取組に関するタスクフォース」というのがありました。

 海外からの来場者と自由に会話できるリアルタイム翻訳技術等を駆使する「スマートホスピタリティ」や障がいがある方、高齢者の移動、身体的アシストを行うテクノロジーを提供する「社会参加アシストシステム」、誰もが会場、周辺地域を移動可能なアクセシビリティを実現する「次世代都市交通システム」、超臨場感と距離の壁を超える空間映像、立体映像などを実現する「新・超臨場体験映像システム」等、全部で9つのプロジェクトがあるのだが、何がどう実現して、国民は何を享受できると言うのだろう。

 ホームページによると、推進会議は令和2年3月の11回で止まっているし、タスクフォースも平成27年の2月の第3回以降は開かれていないようだ。最新の実行計画書を見ても、お題目ばかり並べられていて、何が実装の域に至り、どこまでの新技術が日本から発信できるのかさっぱり分からない。これはどういうことなのだろうか。1年後に開催できるかどうか分からなくなってきたので、推進会議もタスクフォースも止まったということなのか。 

 今の政府の政策は、このことに留まらず、目標だけを高く掲げ、格好よくはしているが、実質的で実行力のある目標じゃないから、とにかく実りが見えない。コロナ対策もしかり、目標に向けて頑張ります、「安全安心を確保します」と言うだけで、外部の進言には耳を貸さず、評価の指標やKPIが曖昧なので、どうなったら実現したというのかよく分からない。一つだけでもいいから、こりゃあ、スポーツの見方が変わったなぁというICTイノベーションを実らせてほしいものだ。いやいや、それ以上に、先ずは政府のいい加減な姿勢をイノベーションしてもらいたい。

 そう言えば思い出しました。写真屋をしていた父が、オリンピックに合わせてカラーテレビを買って、店先に置いていました。カラーテレビの出現は大きなイノベーションで、あれから一気にカラー放送が進み、社会は変わった。あれがイノベーションですよね。まぁ、カラーテレビのせいで、我が家のすき焼きではしばらく牛肉は食卓には並ばなかったような気はしますが。

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