棚田を未来へつなぐ

 去る2月14日、農林水産省において、『つなぐ棚田遺産』が選定されました。『つなぐ棚田遺産選定委員会において、推薦された候補地の中から「つなぐ棚田遺産~ふるさとの誇りを未来へ~」にふさわしい棚田が選定された』というのが正確な表現となります。

 「つなぐ」と冠したのはとても良いと思うのですが、後ろに回りくどい説明を付けているのが残念です。「遺産」というのは、そもそもは先人が残したものという意味で、なんとなく終わった感が強くなりますし、以前の「棚田百選」の先を見据えたということや、多面的機能の維持増進や地域活性化、「未来へ」繋げる人と棚田との関係を明確にしたいと言う意味もあったのでしょう。そこで、「ふるさとの誇りを未来へ」をサブタイトルにつけた感じだが、タイトルはスマートにして、「つなぐ」の意味はそれぞれが読み取ってもらうということで良かったのではないかとも思います。

 ちょっと余談となりますが、行政体質というものなのなのか、以前の施策や事業との違いを明確にしたい行政マンの想いと、新たな視点を付加することで予算の確保を狙おうとするため、施策や事業、制度の名前はどんどん長くなってしまいがちだ。例えば、コロナ対策でできた「国産農林水産物等販路新規開拓緊急対策事業」なんて、漢文みたいで、途中でレ点を入れなきゃなんて思ってしまう。もう少し短く、情緒のある表現にならないものだろうか。

 さて本題に戻るが、この『つなぐ棚田遺産』の取り組みは、棚田地域の振興に関する取組を積極的に評価し、棚田地域の活性化や棚田の有する多面的な機能に対する理解と協力を国民に求めることを目的として実施された。

 令和元年に棚田地域振興法が施行されたことを受けて、法に基づく、指定棚田地域の指定や指定棚田地域振興活動計画の認定が進められ、徐々に棚田地域の振興に係る取組が広がっていることは認める。しかし、いつも思うのだが、こういう選定は施策の推進としての効果はそれなりに分かるのだが、その先にある「国民的理解を求める」ということにおいてはどれほどの効果があるのだろうか。

 棚田の中には、農村地域だけではなく、都市部との交流促進や地元での多様な活動によって、地域振興に資するものも多くあることは確かですし、選考された地区は今まで以上にがんばるということで、国民的理解を促進しているのかも知れないが、それなら、ひっそりと山間に佇み、その地域住民だけに理解され、ゆったりと愛されている名もなき小さな棚田は遺産には値しないのかと不思議に思う。

 選考条件を見ると、積極的な維持・保全の取組がなされ、今後も継続される見込みがあること、勾配が 1/20 以上の一団の棚田が1ha 以上あること、棚田を含む地域の振興に係る取組に多様な主体・多世代が参加していることの3つが縛りで、更に、農産物の供給の促進、国土の保全、水源の涵養、自然環境の保全、良好な景観の形成、伝統文化の継承などの多面的機能の維持・発現に貢献していることが条件となっている。

 今回選定された271件の棚田を見る限り、非常に幅広く捉えたことについてはすばらしい選考だと思いますが、法律的な縛りもあって、結局は割と手堅い候補が選定されただけで、「棚田百選」をもっと増やしただけという印象だ。縛りが無いと、補助施策などの執行において面倒ではあるが、「つなぐ」、「未来へ」と名称を変えたのだから、もっと国民的理解や住民参加の広がりの視点を取り入れるべきではないだろうか。例えば、選考過程でAKB総選挙じゃないが、国民投票をするとか、BUZZMAFF(農林水産省職員のSNS発信)で毎日数件ずつ紹介したり、YouTubeの公開での視聴回数を見てみるとか、棚田カードの普及状況を見るとか、どんなやり方を採用するかは、手間も含めて行政で考えてはもらえばよいが、もう少し、地域の生の動きを国民が知ることが出来ると良いと思うのです。

 選考については、委員の先生方にお任せするしかないですが、候補を上げた地域だけが盛り上がっているとか、選考条件に見合った実績があるということだけではなく、純粋に、「それは素晴らしいね」と国民が生の言葉で名もなき棚田を賞賛できる場面を作ってほしいなと思うのです。

 昔、今回の選考にも選定されたとある棚田の調査で、その近くまで行ってから道に迷い辿り着けなかったことがありました。近くで農作業をしていた人がいたので、「○○の棚田はどこにあるんでしょうか」と聞いたところ、「そんな名前の棚田は知らないし、ここら辺りは全部棚田だから、特別なものはないよ」と言われた。しばらくうろうろしていると、りっぱな茅葺のお宅があったので、また聞いてみると、「おそらくこの集落の棚田だと思うけれど、あれ、そんな名前なのかい」と言われた。

 結局、その棚田はそこから1kmも離れていないところにあった。地域内の一部の熱狂的な棚田信奉者が派手なパフォーマンスで棚田を有名にはしているが、地域住民やその周辺は冷ややかだったという例である。あれからだいぶ時も経たので、今では、その地域の棚田に対する意識はだいぶ変わっているかもしれない。それなら良いのだが。

 棚田のすばらしさは、法的な選考条件に見合っていることだけではなく、棚田に対する地元愛がどれだけ周辺に拡大しているかということであり、そして、国民の理解とはその地元愛の広がりがどれだけ目に見えているかということではないのだろうか。

※アイキャッチの写真と本文は関係ありません。私の大好きな「栃倉の棚田」です。是非、景観ビデオもご覧ください。https://nousonouen.com/2019/09/08/keikanvideo/

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