ホステスさんの田植え体験

 毎年、何回か、しょうもない話をしたくなることがあります。特に、ここ数回ちょっと固い話が続いたので、余計にそういう気持ちになります。「言わせてもらえば」のコーナーは「農村づくり」の話を中心にしていますので、極力、ためにならない私事は載せないように心がけているのですが、「農村」というキーワードに沿っているならまあいいかと、無性に書きたくなるのです。

 夜の社交場での話は、女性へのセクハラぽい表現も出てしまうため、研究会の品位を落としかねないので躊躇っていましたが、我慢ならず、今日はちょっと古い話ではありますが、キャバクラと農村が繋がった話をします。

 私もかつては研究者の端くれで、博士の学位も持ってはいますが、只の人間、只の男でありまして、接待も含めて、結構、キャバクラへ足を運ぶことがありました。今は歳もいきましたし、コロナ禍が続いていて、仕事でもない上に年金暮らしでお金もないので控えていますが、基本、若い女性とお酒を飲みながらお話するのは、地域のリーダーや農家の方とお話するぐらい大好きです。農林水産省に在籍していた頃は、年に二回ぐらいしか行けませんでしたが、行政職員に誘われ、ちょっと安めの銀座のクラブにも出入りし、鼻の下を伸ばすこともありました。妻には、「そんなことにお金使って、男はバカねぇ 家で飲めばいいじゃん」と言われますが、懲りずに鼻の下を伸ばしに行ってしまいます。

 これは、もう二十数年前の話になりますが、当時、私は農村で流行りつつあった農作業体験や農村体験の教育的な効果についての研究を進めていました。こういう体験イベントは今でも多くの農村で行なわれていますが、その教育的効果は本当にあるのかと言った議論がなされ、その定量的な評価が無いことで、教育現場では、熱心に活動する教諭もいましたが、その反面、無駄と位置付けている教諭もたくさんいました。そこで、この農作業体験の教育的効果を定量的に評価してみようという国のプロジェクトが始まり、私もそのプロジェクトに加わりました。

 その中で、実際に子供たちが田植え体験をしているところを観察したり、先生方から子供たちの心理的な変化などについて聞き取りをしたり、親御さんへ家庭での様子についてアンケートをするなどの社会学的な調査と、体験中の脳内血中酸素量、アミラーゼストレスなどの医学的な計測を行うことになりました。

 現場は北海道でしたが、その調査日の前日、実験助手で参加してくれた大学生とホテルで打ち合わせをしている内に、実験の内容が多すぎて、うまく作業が回らないのではと指摘されました。特に彼が言いたかったのは、調査、実験そのものはなんとかなるが、子供たちが遊びまわってまとめるのが難しいので、別の人手がいるということでした。

 今さら言われてもどうしようもないとも思いましたが、なんとか調査・実験を成功させたいと思い、人手を増やそうと、大学の先生方に電話をしてみましたが、夜8時を過ぎており、ちょっと遅すぎた。はたと困ってしまいましたが、そこで、とてもバカなことを思いつきました。「そうだ 京都行こう」ではなく、「そうだ キャバクラ行こう」である。

 札幌ススキノのホステスさん(今ではキャバ嬢の方が一般的な言い方らしい)は学生さんが多いと聞いていたので、学生アルバイトのホステスさんを探して、明日、農業体験にいかないかと誘ってみてはどうだろうかと言う、趣味と実益を兼ねた作戦でした。

 もしかしたら、キャバクラ経験が生きるかも知れないと、街頭の呼び込みには目もくれず、以前に行ったことのあるお店の黒服のお兄さんにお願いして、VIP席に陣取り、次から次へとホステスさんに来ていただいたのである。

 しかし、考えてみれば、田植えに誘うなんて、アフターや同伴に誘うよりも至難の業である。ここまで来たら開き直るしかない。私は、お嬢様方にいきなり話始めた。

「農業体験って、知ってる」

「なになにそれ。知らなぃ」

「明日、○○町でさぁ、田植え体験やるんだけど、興味なぃかい」

 ちょっと北海道弁ぽくしゃべってみたが、それへの返答は、

「田植え、いやだぁ。そうか、そっちの農業か・・・」

 農業をなんだと思ったのだろうか。そっちの農業と言われてしまった。どっちの農業を知っているのだろう。

「おもしろーい。田植えするんだ」

「おもしろいよ。どろんこになって」

 ようやくここで水割り一杯目を作り終えて、私の前に置いてくれて、厳しいダメ出しとなる。

「どろ 嫌~い。あんまり興味な~い」

『ススキノの真ん中で田植えをさけぶ』というナンパは成立しない。

 その後、数人のお嬢様が入れ替わるが、ほぼ同じような反応で断られる。こちらも回りくどい誘いは面倒になり、座ると同時に、チャラく、「ねぇ、彼女ぉ。明日、田植え行かねぇ」を繰り返したのである。

 2時間以上経ったところで、もうかれこれ5、6人のお嬢様が去って行ったが、そこに、ミホさんという、大学生ぽい、背の高い女の子が席についた。私の最初の質問への返答が、「私、農家出身だよ」だった。しかも読み通りの大学生だった。

 ようやく、話が前に進んだ。しかも、出身を聞くと、明日行く○○町に祖母が住んでいると言うではないか。これを逃すと、明日の調査・実験は失敗すると思い、バイト代弾むから来てくれないかと、バイト内容の子供のまとめ役を説明し、拝み頼み込むと、

「私さあ、○○大学で福祉心理やってるんだ。だから、結構子供たちには興味あるなぁ」と来た。

 でも、若い女の子はしっかりしている。バイト代が弾むだけでは「うん」と言ってくれず、次回の指名と同伴、明日の夕食の驕りまで約束させられた。私が最後に彼女に伝えたのは、道の職員に教えてもらった田植え体験のちょっとした裏技。「爪の間にロウを塗ってくると良いよ。手袋してても、泥が爪の間に入ってくるからね。これなら、後でお湯で溶かせばいいだけだから」

 次の日、彼女は朝早く起きて、もしくは寝ないまま○○町まで来てくれて、しっかりと子供たちの面倒を見てくれた。若い綺麗なお姉さんの引率は先生以上だった。子供たちも綺麗なお姉さんは好きなのである。子供は言うことをよく聞くわ、実験助手の大学生は同年代ということもあって、嬉しそうに実験をこなしていくわ、田植えを指導してくれた農家の御兄さんも、指導に熱が入る。

 斯くして、「ホステスさんの田植え体験」は成功したのです。ではなく、「農作業体験の教育的機能の評価実験」は成功したのです。当然だが、バイト代も、キャバクラ代も自腹で、その後しばらく私の昼飯は抜きとなった。後々聞いた話だが、彼女は、この後、農業体験に填まってしまい、キャバクラの先輩お姉さん方や、大学の同級生たちを誘って、いろいろな農業イベントに参加したらしい。私は、この研究で論文を書き(もちろん、この実験だけで書いた訳では無い)、学会賞を頂いて、大きな成果を得たが、最も大きな成果だったのは、参加したホステスさんの一人が、これらを縁に農家の方と結婚したことかも知れない。

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