白書はプラス思考で描かれている

 5月27日、令和3年度の「食料・農業・農村白書」が閣議決定されました。なんだか毎年毎年、分厚くなっており、平成25年度は用語解説や索引まで入れて233ページだったものが、平成30年度は305ページ、令和2年度は375ページと膨らんで、問題の焦点が掴みにくく、読みづらくてしょうがない。それだけ多様な課題があるということだとは思いますが、まぁ、それにしても情報過多です。さすがに、これは拙いと思ったのだろうか、今年度はちょっとスマートに、なんとか265ページにまとまったようです。

 さて内容ですが、トピックスで気になるところも幾つかありますが、コロナ関係は「現状はそうだろうね」と頷いて終わりだし、みどりの食料システム戦略は「綺麗ごとならいくらでも書けるし」と茶々を入れたくなり、輸出額1兆円突破は、「思ったより遅かったじゃないか (コロナ禍でもあったし仕方ないか) 」と文句を言いたくなるだけで、やっぱり目につくのは、特集トップの『変化する我が国の農業構造』にある農業従事者の減り方である。

 統計データによると、基幹的農業従事者の減少傾向は依然と続いており、2020年の136万3千⼈は、5年前の2015年の175万7千⼈から22%減少していて、ここ20年間で半減している。確か、食料・農業・農村基本計画には、基幹的農業従事者数と農業法人など合わせて2030年までに140万人の確保を展望していますが、もう近い数字となっているこれをどう読むのかです。

 農地集積は目標通りとはなっていないものの、かなり進み、経営規模が拡大していることは事実です。個⼈経営体が減少傾向の⼀⽅、4%を占める団体経営体は微増傾向にあり、団体経営体の若い世代の割合も増えてきてはいる。また、一農業経営体当たりの経営耕地⾯積は、北海道や東北で特に増えており、平均で2010年の2.5haから2020年の3.1haへと1.3倍に拡⼤しています。農業の場合、作目や立地によって、規模拡大と所得拡大は対応しないが、20ha以上の経営規模の法人が増えていることは施策がうまく展開していることを示し、一つの成果ということでしょう。

 経済誌「週間ダイヤモンド」の5月28日号に『儲かる農業』が特集されていましたが、これによると、”農業の構造変化のスピードは速く、売上高1億円以上の農家が増えている”とありました。一部の大企業型の豪農が市場も農地も淘汰していく時代が来ているというのだ。確かに情報を見る限りでは、ものすごく景気の良い話になっているのですが、こういうのは良いところだけを強調して書くものだから、本当に紙面通り読んで良いものか悩みます。

 白書でも、ちょっと無理やりに、2020年の年齢階層別の基幹的農業従事者数を、2015年の5歳若い階層と⽐較し、70歳以上の階層では後継者への継承等により減少する⼀⽅、2020年の20~49歳層(2015年時点の15~44歳層)では、12万4千⼈から14万7千⼈と2万2千⼈増加したことを示して、これらは親からの経営継承や新規参⼊等によるものだとしています。グラフで見ると、重なっていて分からないほどの微妙な増加数に手を合わせ拝み、若者への期待を膨らませているが、これを構造変革の兆しみたいに見るのはいかがなものか。

 ITや流通業界において、若い世代が新しい感性と多様なアイデアでビジネスモデルを成功させていくのと同様には見えない。もちろん、農業ビジネスにおいても、商社勤めを離脱して農業を始めた中堅どころや、植物工場の大規模化を成し遂げた若者もいて、それらは成功事例の一つであろうし、ICTを活用して工業的生産効率化により大規模農業法人経営に結び付けている事例もある。しかし、大半は、スマート農業支援ビジネス止まりであって、本当に若者が目指している「農業」という「産業」はそういうものではないのではないか。

 今の農政は、苦として農業を認識した世代が思い描く夢であって、ICTを駆使した諸外国に負けない起死回生の発展型農業や理想の所得向上農業であるようだが、多くの若者が描くのは、それほど儲からなくても、もっとスローで自然を慈しみ、家族の生活に寄り添った『小農』ではないのか。だから、この微々たる農業従事者増を大規模経営に繋がる土台と見てはいけないし、そもそも大企業化の淘汰を是として見るのもいかがなものだろうか。

 白書の何がズレているのか。それは、若者の真の志向だ。中高生が選ぶ人気職業ランキングにユーチューバー(YouTuber)やプログラマーがランキングされている時代に、所得よりも、「遊び」、「地域文化」、「健康」、「安心食」を目指す若者は、多様な生活志向の一つに農業があるのであって、「半農半X」という言い方は、まだ農業を主業として見ている側の気持ちが表れた用語ではないだろうか。「XYZ半農」ぐらいだ。

 若い世代の新規就農者の7割は農業で生活していないというデータもあります。農業は地域や集落内での人間関係が大切になってきますし、長きにわたって定着した地域の自然や社会の中で成立するもので、例えば、今直ぐに有機農業を実現したいと思ってもうまくいくものではありません。手間もかかるし、面積ももっと必要な上に、『小農的精神』も必要で、今のままでは生計が成り立たないし、ICTで実現すれば良いといったものでもない。なのに、「みどりの食料システム戦略」には、地域という言葉もほとんど出てこず、浮いたような環境施策を実現するのは生産効率と所得向上だけになってしまっている。

 白書もそりゃあしかたない。政府側の職員が書いているのだから、政府なり自民党の政策にマイナスになるようなことは書けないので、希望的観測になってしまうものだと思いますが、白書だからこそ、これは、農林水産省の食料・農業・農村白書だけではなく、すべての白書において言えることですが、統計マジックに惑わされず、冷静な分析が必要なのだろうと思います。KPI(重要業績評価指標)を達成したら良い施策ということではなく、社会学的な視点で、施策の奥にあるマイナス面を深読みし、もっと書き込むべきなのではないでしょうか。白書だから現状や事実を正確にというなら、統計データだけで良い。施策の方向性にバックにデータがあるというなら、表面をなぞった分析から出る希望的観測は必要ない。

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