はやぶさの玉手箱

 はやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰った砂からアミノ酸が20種類以上見つかったと言う。それほど「宇宙」や「生命の起源」に興味が無い方でも、ちょっとは驚いたのではなかろうか。生命の源は地球上で誕生したという説と宇宙からやってきたという説の2つの説が提唱されてきたことは皆さんもご存じだと思いますが、今回のことで、宇宙からやって来たという説がより有力となった訳です。

 アミノ酸があるというのだから、微生物だっていてもおかしくないだろう。微生物の死骸ってのは判別できるのだろうか。素人考えではありますが、地球上でも、乾眠状態になったら、マイナス273℃から100℃の温度、真空から75,000気圧までの圧力、数千グレイの放射線でも死なないクマムシなんていう生物が存在する訳ですから、こと宇宙、こと微生物ともなると、もっとすごいのがいるかもしれない。アミノ酸だけなら良いのだけれど、微生物を持ち帰ってしまい、46億年の眠りから覚めるなんてことはないのかとても気になります。

 中学生の頃だっただろうか、マイケル・クライトンのSF小説を原作とした映画『アンドロメダ』を観に行ったが、あの映画は衝撃だった。

 1970年を前後して、アポロ11号が月面着陸に成功し、「月の石」が大阪万国博覧会で展示され、いざなぎ景気の中、科学技術が明るい人類の未来を開いてくれるのではないかとの期待が膨らんでいたが、そのアンチテーゼとして「2001年宇宙の旅」、「猿の惑星」、「ソイレントグリーン」、「ウエストワールド」等の人類の愚かさを伝えるSF映画も流行した。特に、『アンドロメダ』のストーリーは、クライトンの原作が冴える。地球を回っていた人工衛星が落下したが、それを回収に行くと、その村の住民たちは時間が急に止まったみたいに全員死んでいた。血液を瞬間で凝固させる病原体が衛星のカプセルに付着していたからだ。国家機密プロジェクトが発動し、砂漠の地下深くにある隔離施設でその病原体の謎に4人の科学者が迫るというものだ。

 こういう問題については、スプートニクが打ち上げられた翌年の1958年には、国際科学会議で「地球外探査による天体汚染に関する特別委員会」が組織され、惑星保護の実施に関する国際的な行動規範として『惑星保護方針』というものが早々と制定されているらしい(JAXA)。ここには、二つの方向からの「惑星保護」が規定されているそうで、一つは、探索対象となる天体の環境を、地球から運搬される微生物や生命関連物質による汚染から保全することであり、もう一つはその逆、天体から探査機が地球圏(月を含む)へ帰還する際に、潜在的な地球外生命と生命関連物質による汚染から地球圏を保護することである。

 対象天体は種類によって保護のレベルが5つのカテゴリに分かれていて、「はやぶさ2」の対象天体であった小惑星リュウグウには生命は存在しないと考えられていたため、惑星検疫としては、カテゴリⅤが適用され、制約のない地球帰還となったということだそうだが(JAXA)、『アンドロメダ』がトラウマになっている上、生物にも宇宙にも疎い素人の私としては、只々怖い。

 今の科学技術の粋を集めた中で、「生物はいないと考えられている」と判断されただけで、絶対ではない。科学なんていくらでも書き換わる摂理であるのだから、せめて100年ぐらい同じ結論であることを条件に、「考えられる」という言葉を使って欲しいものだ。

 現在、火星衛星探査計画(MMX)が計画されていますが、火星には微生物が現存する可能性もあり、MMXで採取したサンプルが火星固有の微生物によって汚染されているかもしれないということで、今からドキドキものだ。「アミノ酸があったなんてロマンだね」って感動するだけでは許されないかも知れない。

 新型コロナはもともと地球上にいた生物なのに、そんな生物のことでさえ未だによく分かっておらず、これだけ苦しまされているのだ。今回は、リュウグウから持ち帰った玉手箱から白いケムリがでなくて良かったと思います。科学力によって玉手箱を開けて、いろんなことが解明されていくことは素晴らしいことだが、生命を相手にする場合は、より慎重に解明していってほしい。何か物理学や化学だけでは解き明かせない神秘性があるからです。

 農業は工業と違って生命を生産する技術を扱う産業です。ですから、同じ環境下での同じ生産物というものは存在しませんし、数秒~数百年ぐらいを周期として、自然の中で増殖や生産がされていて、その中で、周囲の環境も作り変えながら徐々になんとなく一つの生態系が出来上がっていくものです。また、この生産過程の中で、環境も技術も変化し、それに呼応しながら社会構造も変化します。ですから、スマート農業や環境保全と言う玉手箱を開ければ農業の抱える問題が一気に解決するというものではないでしょう。生命を生産する技術は、長年かけて築かれてきて、その技術には人類が気づかない意味が含まれていると考えるべきだと思います。

 生命が宇宙を起源とする説を定説に位置付けるには、まだまだ乗り越えなければならない問題がたくさんあるのと同じように、農業も高生産性の持続的農業を定着させるためには、よりレベルの高い問題をいくつも乗り越えていくべきなのだろう。でも、どちらの問題でも、玉手箱の蓋は慎重に開けていかねばならない。生命の問題ですから。

※アイキャッチの写真には田んぼに日本メダカが泳いでいますが、見つけられますか?(放流後すぐなので、結構な数がいます。)

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