暮らしの知を地域活性化に繋げる(3)

3.暮らしの知を鍛えて地域環境を共有認知

 環境や文化の総体は、人間の長い年月をかけた厳しい自然への働きかけによって生まれ、地域の記憶とともに現存するものとして捉えられます。人は環境を創造しているとともに、環境により人は暮らし方を変えています。今そこに現存する環境が、人による環境の捉え方とそれを元にした環境への働きかけによって変化してきたものとするなら、それでは、これまで環境はいったいどのように捉えられてきたのでしょうか。

 それを考えるとき、私は、人が環境を創りあげる時に使う三つの知からなる「暮らしの知」に着目したいと思います。これは、環境の変化を捉え、形成や保全の方向を創り上げるための人の環境の見方、環境を創り上げる知そのものです。

 「暮らしの知」としては、先ずは人が環境を読み取る力としての「自然知」があります。二つめに自分自身の身体と能力を把握する力、社会での技能と役割を認知する「身体知」、そして、三つめに伝承によって得られる力である「伝承知」があります。

 「自然知」は、篠原徹が「自然と民俗」において「民俗的知識の束としての自然観」(篠原、1990、11頁)と表現している概念に近いと考えます。また、ギブソンのアフォーダンス理論で言うところの「環境から抽出するアフォーダンスの束」とも呼応しているものと考えます。マタギの自然知などと言う場合の自然知もこれに当たります。また、「伝承知」は、世代を越えて伝え受け継がれる知のことであり、著者としては基層文化も上層文化も含め、さらに概念を広げ上位世代から繋がるものを全て含めた意味で使いたいと思います。大本敬久の「民俗の知恵」には伝承文化の知恵として伝承知を定義しています。そして、「身体知」は、運動する主体としての身体がある時間や空間の流れの中で体得している体内に蓄積される本能的な知を一般的に言いますが、三砂ちづるが「オニババ化する女たち」の中で表現している「身体の知識」(三砂、2004、17~59頁)と表現しているものも含むであろう。また、運動や行為だけにとどまらず言語行為も含んだ上での身体知もあろう。さらに、身体知に基づいて、暗黙の了解で得ている社会での役割認知も身体知に入ると考えます。一般的に「経験知」と言われている知は、これら三つの暮らしの知によって統合化された知のことを指していると私は考えており、分解すると、この三つの知から成ると思っています。

 ただ、これらの三つの知について、私はこの講座で特に詳細に定義づける必要はないと考えていますし、経験知との関係性を定義するつもりもありません。しかも、この三つに整理しなければ以下の論が成立しないと言うことでもありません。

 ここで、私が唯一提言したいことは、私がこれまでに、住民参加の地域づくりの支援をした十数カ所の地域事例と調査・分析した数十箇所の地域づくり事例を総括すると、持続的な地域づくりが実践された地区においては、三つの知に代表されるような「暮らしの知」の鍛錬がワークショップ等の住民参加活動を通して地域住民の意識下において行われていることが確認できたと言う事実そのものです。

 地域住民ひとり一人が、地域の現状を、「暮らしの知」を通して概観することができなければ、環境は知らぬ内にあらぬ方向へと変化していってしまいます。

 万人共通の資源としての価値を、環境や文化に求めるのでなく、住民自らが鍛錬した「暮らしの知」を活用して、環境・景観・文化を見つめ、それを伝えることに価値を見いだすとき、本来の地域のありさまが見えてくる。

 よって、例えば、景観についての美しさを追求することは問題とせず、どうして、我がふるさとにこの景観があるのかを理解することに努めるべきです。文化を資源として扱ったり、状態を維持することに終始せず、この文化がどんな歴史過程を経てここに定着し、伝承されてきたのか、将来に向けてどのように伝承されていくのかを見届けるべきです。

 地域住民によって環境が共有認知されることで、安全・安心の空間となり、その意識変化が景観を美しく見させているのです。文化資源を飾り立てて見せ物にすること以上に、この文化が先祖代々どのように守り受け継がれてきたのかを住民みんなで共有認知することが、文化の深さと誇りを与えてくれているのです。

 県や市町村行政におけるこれまでの地域づくりの施策を見て、この「暮らしの知」の形成にどれだけの投資が成されたであろうか。もちろん、従来のハードとソフト事業の表面的な施策の中から、しっかりとその意味を取り込み、「暮らしの知」を鍛錬し、地域づくりをした地区はあります。しかし、この意味を伝えるための施策となっていた事業はほとんどありません。

 地域づくりの行政施策においての重要なポイントは、モノを作ることでもなければ、コトを起こすことでもない。モノとコトを適正に生むための地域アイデンティティの形成において、住民が地域環境の共有認知を行なうことであり、共有認知を進めるための「暮らしの知」の鍛錬をすることだと考えます。今後の地域づくり施策においては、この要素がどの程度事業に取り込まれているかを意識すべきであるし、施策の効果的な展開のためのこの要素の取り込みに努めるべきであろう。

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