「予言の自己成就」から地域づくりを考える

福与徳文(茨城大学)

 どこをどうすれば地域は活性化するのか? この問いに答えるために、この講義では、社会学のとっておきの概念である「予言の自己成就」を用いて、地域づくりの肝となる部分を考察していきたいと思います。

予言の自己成就

 「予言の自己成就」は、アメリカの社会学者ロバート・K・マートンが唱えた概念です(マートン1961)。どういう意味かというと、「ある状況が起こりそうだと考えて人々が行動すると、そう思わなければ起こらなかったはずの状況が本当に実現してしまう」ということです。例えば、銀行の取り付け騒ぎなどがそうです。「あの銀行は危ない」という噂が立ったとき、たとえそれがデマであっても、多くの人が銀行に殺到して預金を引き出すと、その銀行は本当につぶれてしまいます。戦争が起きる時も、受験生が入試に落ちるときも、「予言の自己成就」のメカニズムが働いていることが結構あります。そういえば皆さんの身近でも、最近、起こりましたよね「予言の自己成就」が。新型コロナウイルス感染拡大の中で、トイレットペーパーがなくなったというのがまさに「予言の自己成就」なのです。「トイレットペーパーがなくなるぞ」というデマが流れると、本当にトイレットペーパーがなくなってしまいました。

 この「予言の自己成就」という概念をもう少し深掘りするため、銀行の取り付け騒ぎという典型的なケースで、予言が自己成就するプロセスをたどってみましょう。ここでは、「あの銀行は危ない」という情報を完全なデマということにしておきます。最初にデマを信じた預金者1が預金を引き出し、さらにそれを見ていた預金者2が引き出すという人々の行為が連鎖していき、とうとう預金者10,000ぐらいになると、その銀行は本当に危なくなってしまいます。さてここから先の話が、社会学的に面白いところです。デマの発信源Xと、最初に預金を引き出した預金者1をどのように評価するのかという点が問題となります。読者の皆さんは、「あの銀行は危ない」ということがデマだとわかっていますので、銀行を潰すきっかけをつくったデマの発信源Xや、最初にそれを信じて行動に出た預金者1の評価は、当然、悪くなります。しかし皆さんがそう思えるのは、「あの銀行が危ない」という情報がデマだとわかっており、その騒ぎの外から、いわば神様の視点からこの事象を眺めているからなのです。そこで一度、取り付け騒ぎの渦中に身を置いて考えてみましょう。その時、発信源Xや預金者1がどのように見えるかです。実際の社会では、専門家も含め、みんな騒動の渦中にいるわけです。銀行が実際につぶれてしまった現実の中にいる人々には、「発信源Xには予知能力がある」、「預金者1には先見の明がある」と見えしまうのです。そうやって「予言者」やら「使徒」なるものが創られていくというわけです。

偏見を打ち破る

 さてマートンは、差別や偏見が生じるメカニズムとしても、「予言の自己成就」という概念を用いて説明しています。例とされたのが、今日でもアメリカ社会で問題となっている黒人差別です。マートンは、「黒人労働者はスト破りする」と言って白人たちが黒人を労働組合に入れないことも、「予言の自己成就」の例として挙げています。(「スト破り」と言われても、若い人たちには理解できないかもしれませんよね。ストライキとは、労働組合員が皆んなで仕事をやらないことにより、経営者側に賃上げ等の圧力をかけるという労働争議の手段の一つです。誰かが裏切って仕事をしてしまえば、効果がなくなります。それを「スト破り」と言います。)白人の労働者が「黒人はスト破りをするので、労働組合員としての適性に欠けている」と言って黒人を労働組合や職場から排除します。すると、白人の組合員が賃上げのためにストライキを打っているとき、組合(および職場)から排除された黒人を、ストを打たれて困っている経営者が(普段なら雇わないのに)雇うことになります。すると結果として、白人がストライキを打っているとき、黒人が本当にスト破りをしてしまうという現実をつくりだしてしまいます。それを見た白人は、「やっぱりね」と事実に基づいて「黒人はスト破りをする」という認識を持つようになります。

 こんな話を、なぜ地域づくりの方法を論じる前に述べているのかというと、マートンが「黒人はスト破りをするから労働組合から排除する」という「予言の自己成就」を打ち破る方法について、どのように論じているのかを知っておいてほしかったからです。マートンは、「黒人を差別することは悪いことですよ」とか「黒人はスト破りするものだと考えるのは偏見ですから、やめましょう」というような道徳に訴えても、つまり教育に期待しても、効果はないと述べています。むしろ「黒人に実際に労働組合に入ってもらうこと」によって、黒人はスト破りをしなくなり、そうなれば偏見もなくなるというのです。「予言の自己成就」のプロセスの最初の部分に介入して、それを打ち破る構造(黒人を仲間として実際に組合に入れる)を挿入すれば、仲間として黒人はスト破りをしなくなります。すると、「黒人は組合員としての適性が欠けているから、スト破りをする」という偏見は(時間はかかりますが)無くなっていくというのです。

集落環境点検のねらい

 さて前置きが長くなってしまいました。ここからが地域づくりの話になります。今、地域づくりの現場で最も問題になっているのが、「この地域はどうしようもない」とか「うちの地域は何も無いよ」とか「どうせうちは限界集落だから」と言ったような声が聞こえることです。「誇りの空洞化」(小田切2009)とか、「社会意識的過疎」(満田1987)、「住民意識の後退」(安達1981)とか言われてきた問題が、それです。

 地域の方々が「うちの地域には何も無い、どうせうちは限界集落だから、何をやってもしょうがない」と思っていると、本当に限界集落になってしまうことは、ここまで「予言の自己成就」の概念にお付き合いいただいた読者の皆さんには容易にわかっていただけると思います。そうすると地域活性化を図っていくためには、「うちの地域には何も無い、どうせうちは限界集落だから、何をやってもしょうがない」と言っている人たちの、どこにどうアプローチしていけば、それを打ち破ることができるのかを、考えていけばよいということになります。

 住民参加型の地域計画手法の中で、最もポピュラーな方法として「集落環境点検」という方法があります。地域によっては、あるいは人によっては「集落点検」あるいは「環境点検」と呼んだり、「地元学」もしくは「お宝探し」と言ったりしています。この方法は、地域住民自身が、自分たちの地域を自分たちで歩きまわり、地域の資源(お宝)や問題点を探し、カメラで撮影したり、メモを取ってきたりして、集落環境点検マップ(お宝マップ)を作成することによって、地域資源(地域のお宝)に、住民自身に気づいてもらうという方法です。これによって「うちの地域には何もない・・・」という思い込みから脱却し、地域活性化にむけて新たな一歩を踏み出すことを促します。通常、集落環境点検マップ(お宝マップ)を作成した後は、それに基づいて構想や計画を策定し、そしてそれに即して地域づくり活動を始めていきます。「うちの地域には何も無い、どうせうちは限界集落だから、何をやってもしょうがない」と言っている人たちの最初のところを変えるための方法の一つが、集落環境点検であるとご理解いただければと思います。

外れる棚田荒廃予測

 さて、この講義で、わざわざ社会学の「予言の自己成就」という概念を持ち出したのは、集落環境点検の意義を説明したかったからではありません。むしろここからが本番です。これまでは「たとえデマ(ウソ)でも本当になる」という話でした。これからお話しする棚田再生の話(福与2011)は、「たとえ正確な予測であっても外れる」という話です。

 ここに2枚の棚田の図面があります。この棚田は、高知県いの町にある津賀谷棚田で、石積みの棚田として有名です。ただ残念ながら耕作放棄地が増えてきて、荒廃が進んでいるのが地域の悩みの種となっていました。左側の図は「棚田点検マップ」です。緑、黄、赤と、まるで信号機みたいに三色に塗られていますが、これは住民自身による棚田点検の結果です(2007年実施)。住民自身が棚田を歩いて一筆ずつ調査して、耕作している農地を「緑」に、草刈りなど管理しているだけの農地を「黄」に、放棄地されている農地を「赤」に塗ってできたものです。実際に棚田点検してみると、棚田全体の30%が放棄され、15%の農地が管理されているだけだということがわかりました。そして、右側の図は「10年後の予想図」です。地域の方々に関与してもらえば、こういった予想図は比較的簡単にできます。

 どうやって作成したのかというと、次のとおりです。まず、現在、耕作されている棚田(緑色)について耕作者の年齢を書き出してもらいます。次に、その年齢に10を加えます。すると10年後の耕作者の年齢が書き込まれることとなります。そして耕作者の年齢が75歳以上で、後継者が戻ってこないと判断される農地を赤く塗ると「10年後の予想図」が出来上がります。すると、10年後は棚田の3分の2が荒廃するという予測結果となりました。これは、人口予測と同様のやり方で予測されたものですから、かなり精度の高い予測結果だと思います。ところで、棚田点検マップが作成されたのは2007年ですから、10年後は2017年です。現在は2020年なので、この事例の場合、既に結果が出ています。地域の方々は、自分たちで作成した「棚田点検マップ」と「10年後の予想図」を見て、「これではいけない」とみんなで頑張り、軽トラも接近できなかった棚田に耕作道を自力施工により整備した上で、放棄地を約1ha再生利用しているので、予測は全く外れたことになります。

 この棚田の荒廃予測の場合、かなり精度の高い予測だったはずなのに外れたわけです。「デマであっても真実になる」、「正しいはずの予測であっても外れる」、これが人間社会というものです。精度の高い予測でも、その予測結果を見て人々は行動を変えるので外れるわけです。もちろんファシリテーターである我々も、棚田の3分の2が荒廃することを実現させたくて「棚田点検マップ」や「10年後の予想図」を作ってもらったわけではありません。それらを見て、「これでは駄目だ、何とかしなければ」と思って行動を起こしていただくために、棚田再生のためのワークショップを開催したわけです。これも「予言の自己成就」プロセスの一種と考えていただければ良いと思います。 実は、こういう問題解決の方法を、皆さん自身よく経験されているはずです。よく「5月3日の東京方面、16時ごろ、小仏トンネルの手前、30kmの渋滞となります」というニュースを聞きます。こういう時に,わざわざ5月3日の夕方に小仏トンネルを目指す人は少ないと思います。高速道路(株)は、道路が渋滞することを望んで、あのような情報を流している訳ではありません。なるべくそれを避けてもらうために渋滞情報を流しているわけです。人の行為の連鎖によってできている社会だから、正しいはずの予測が外れることは、よくあることです。マートンも「ハレー彗星の循環をどんなふうに予測しても、ハレー彗星は軌道を変えたりしない」と言っています。だけど人間であれば、予測を見て行動を変えるわけです。ですから、いわゆる「増田レポート」で消滅可能性都市の予測が出ましたが(増田2014)、あれを見た地域の人々が「何を言ってやがるんだ」といろいろと頑張るでしょうから、あの予測は外れる可能性が大いにあるわけなのです。

参考文献

・マートン『社会理論と社会構造』みすず書房、1961

・小田切徳美『農山村再生:「限界集落問題」を超えて』岩波ブックレット、2009

・満田久義『村落社会体系論』ミネルヴァ書房、1987

・安達生恒『過疎地再生の道』日本経済評論社、1981

・福与徳文『地域社会の機能と再生:農村社会計画論』日本経済評論社、2011

・増田寛也編著『地方消滅:東京一極集中が招く人口急減』中公新書、2014

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。