風評被害

 いくら科学的根拠が明確であったとしても、世界的権威機関としてのIAEAがお墨付きを出したとしても、説明者である日本政府自体を信用できずにいるなら、納得のいく理解は何も進まないだろう。これは、説明者が説明を受ける側にいないから生じるもので、説明者と説明を受ける側の敵対の中から納得の歩み寄りをすることはできないということを表しています。説得する側も説明を受ける側も内部に敵対者を置いて、先ずはその敵対者の理解を促進し、納得値に近づけるのが議論の基本ではないでしょうか。

 最近は、インターネット越しとか、SNS風潮なのか、国際会議や国会の中でもこの構造になっていて、事案の検討がまともな議論にならないことが多い。長い時間かけて結局、双方がバラバラに主張を繰り返すだけになる。そして、互いに言葉が詰まると、相手を不勉強とか非常識で片付けてしまいがちです。「そこは認めます。でもあなたのこの主張は論理が破綻していますよね」って言うような、押したり引いたりする会話を滅多に聞きません。いつも何がどう良いのか悪いのか分からないまま「良いね」、「良くないね」で解決してしまう。こういう風潮が『風評被害』の低俗性を作っているような気もします。

 福島原発の処理水の海洋放出が8月24日に始まり、予想通り『風評被害』が拡散し始めています。中国国内からの電話によるまったく関係ない部署への誹謗中傷攻撃や中国での大使館への投石行動は、あまりにもレベルが低すぎて、文句を言う気にもなりませんが、中国政府は、海洋放出を「日本の自己中心的で極めて無責任な行為で国際社会は普遍的に批判している」と世界の動向と異なる事実を並べ立てているし、迷惑電話の件での日本政府の抗議に対しても、「日本国が自分で蒔いた種で、自業自得だ」みたいな言い方で、更に「中国政府が日本をいじめているように国際社会に見せつけている日本の陰謀だ」などと言っている。まぁ、事ある毎の中国政府の日本批判は今に始まったことではありませんが、処理水の問題の科学的根拠の本質へ切り込んで意見したり、納得できないとするものでないから、いくらやりとりを重ねても、理解の促進、納得の形成のための行動には決して至らないだろう。

 子供同士が喧嘩をして、喧嘩の原因が不明になると、「おまえのかあちゃんでべそ」と締めくくる。本人を責めるんじゃなくて、見たこともないはずの相手の母親のへそについての悪口を実しやかに攻撃するのと似ている。こちらが冷静に「俺のかあちゃんのへそ見たことないだろう。嘘つきだ!」なんて言い返しても、堪えやしない。事実なんてどうでも良いからだ。「やーい、でべそ、でべそ」の繰り返しで、話にならないから、冷静な子ほど思わず手が出ちゃう。

 説明内容が正しく伝わらない上での風評なら、説明の不味さ、説明の頻度の少なさ、説得のストーリーの作り方の下手さを解消していく方法でなんらかの打開ができるが、正当な風評に至る前の感情的、無知的な問題によって生じている風評となると、冷静に科学的根拠を云々しても、それほど効果はない。

 それこそ子供の喧嘩じゃないけれど、「おまえのかあちゃんでべそ」と言われたら、「おまえのかあちゃんもでべそ」と言い返すしかない。法治国家で国際社会を重んじる日本としては「世界はもっと多くの量の放射性物質を海に出しているじゃないか」と反論して、中国だって年間排出量は福島第1を超えると「でべそ返し」をしたいところだが、事実として、世界の排出水は燃料デブリを通過した汚染水の浄化処理水ではないので、ここは日本の首長は流石だ。「遺憾」の一言で終わらせ、物言わぬサムライに徹している。奥ゆかしいと言えば奥ゆかしいし、無言の強さで戦うのが日本という国だと言いたいのかもしれないが、少し弱みはあったとしても、もう少し皮肉っても良い様にも思います。せめて、米ニュースメディアが「民主的な法治国家の環境基準より中国共産党を信用するのは愚か者だけ」と一刀両断にしたような攻撃性も身につけないといけないように思う。

 国外に対しては、何を言われても何をされても、「遺憾の意を示した」としか言えないのも情けない。挑発合戦で更なる挑発を生むのではなく、チクっと来る大人国家のウイットに富んだ一言が欲しいものです。

 しかし、よく考えてみると、風評は何もないところからは産まれないのであって、こういう風潮を助長する弱みを中国に握られる土壌を作ってしまっている面も日本政府にはあるのです。福島県漁業協同組合連合会が放流には反対の姿勢で、かつ、まだ十分に納得していない段階で放出を始めると国や東電との「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束が反故になったと感じているのだから、中国からしたら、「国内でも十分に納得をされた訳では無い。反対者もいるじゃないか。そんな不安な放出水は信用できない」ということに当然なるでしょう。終いにゃ、野村農林水産大臣まで「汚染水」なんて、決して言ってはならない言い間違いをするものだから、ツッコミどごろ満載です。

 国外に対して毅然とした態度を取るなら、せめて国民の納得度は最大限まで上げておかないとだめです。とりあえず、かあちゃんはでべそではないとしっかり確認してから、「俺のかあちゃんはでべそではない」と言い返さないと「でべそ合戦」さえ負けてしまうだろう。  地域リーダーの皆さん、もしあなたの地域で謂れのない「風評」が発生するようなことがあったなら、それは外部にではなく、まだ十分に内部に対して納得を得るだけの説明ができていないからだと考えるようにした方が良いでしょう

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