團十郎の大奮闘

 好きなもんで、今回は歌舞伎のお話。久しぶりに團十郎を満喫してきました。歌舞伎座の七月大歌舞伎は昼の部が市川團十郎さんの『星合世十三團(ほしあわせじゅうさんだん)』で、夜の部が松本幸四郎さんの『裏表太閤記』と、見応えたっぷりの演目です。一日通して見るのもなかなかたいへんなので、私たち夫婦は、初旬に團十郎、下旬に幸四郎と分けて観ることにしました。團十郎さんの演目は古典の名作『義経千本桜』を物語の中心に据えて、十三役の早替りに二回の宙乗りのあるもので、令和元年の海老蔵時代に初演されたものを團十郎襲名後初で演じられています。

 源義経役の中村梅玉さんが出演できず、人間国宝が見られないという意味では残念ですが、代役が尾上松也さんということで、最近めきめきと実力が上がっている上に若くて男前、人気もあるという意味で、これもこれなりに豪華と言えば豪華です。松也ファンの妻はかなり喜んでいました。

 今回の早替りはかなり趣向が凝らされていましたね。以前見た時よりもスピード感がありましたし、大道具を使って出たり入ったり、奥に消えてはくるっと役者の交代をする早拵え、上手に入ってセリから出たり、花道に明かりがつき、声は花道突き当りの揚幕の方からするのに、観客がそちらに気を取られた瞬間に舞台中央の階段がひっくり返って現れたりする。以前から何回も騙されているのに、今回もやっぱり騙されて、階段がひっくり返るところは確認できずじまいです。ものすごく早い身のこなしなのに、あわてふためいてハアハア言いながら出てきたりはしません。一瞬で微動だにしない狐忠信の形を作るところが驚きであります。五月の団菊祭の『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の『床下』の場では團十郎さんは仁木弾正役でしたが、花道の引っ込みだけなのでセリフが全く無い。すっぽんからスーッと出て来て、黙って静かに花道を去っていく。「あれが歌舞伎の形式美の真髄だよ」といくらそれが見どころだと言われても、素人歌舞伎ファンの私としては、なんとんなく消化不良でしたが、今回は違います。團十郎、縦横無尽の大奮闘で、歌舞伎を知る人にも知らない人にも魅力が伝わりました。

 今年のパリオリンピックで『ブレイキン』という人間技とは思えないような技が特徴のダンスを披露する競技が初めて採用されるようですが、歌舞伎のケレンを見ていると、日本では江戸時代からブレイキンはあったんじゃないかと思ってしまうほどアクロバティックですし、細い欄干(てすり)の上に乗り、ちょこちょこと跳ねるように渡って行く『欄干渡り』も体操競技の平均台の江戸版ですよね。更に、数枚の襖を使っての連続の早替わりは手品とかイリュージョンと言ってもおかしくない。この辺りのケレン部分は本物の歌舞伎を求めている人たちからすればストーリーとしての感情移入が減ってしまい、邪道だと言われるのかもしれませんが、創作文化というのはこういう風に時代とともに変化していくものであり、今回はスピードという要素がうまく文化に溶け込んでいたように思います。目まぐるしく変わる時代の様相を反映しているようでもあります。

 令和3年に観に行った猿之助の『伊達の十役』も良かったが、今回の團十郎の『星合世十三團』も負けずとも劣らぬ見応えがありました。是非、読者の皆様も足を運ばれては如何でしょうか。

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