農村づくりの技法(4)

4.農村づくりと農業振興の関係

 「農村づくり、特に環境形成や地域資源管理を主体とした農村づくりは、地域の活性化に寄与する可能性はありますが、農業振興との繋がりはないのではないか」と言われる方がいます。「農業振興のない環境施策に意味はない」、もっとひどい言い方としては「環境が良くなったって、儲けにはならない」。確かにその通りです。新しい品種を取り入れてブランド化をして、生産資材費をICT化により削減し、農地を集積し、人件費を抑えれば、収入は少し上がってきますが、田んぼのまわりの草刈りを完璧にして、沿道に花を植えて、水路には魚が住めるような工夫をして、子供たちに地域の自然の良さを教えても、それほど個人の収入が上がるとは思えません。しかし、あえて私は、「農村づくり、環境形成のない農業振興にも意味はない」と言い返したいと思います。

 飯が食えない地域で、環境なんか考えられないと言う考えや、先ずは儲かる農業をやってから環境は考えれば良いという考えは、正しいようで正しくないのではないでしょうか。

 なぜ、そう言えるのか、そう言える二つの理由がここにあります。

 一つ目の理由を説明するためには、「振興」と言う言葉が、経済だけではなく、人の意識・意欲を含んでいることを認識しなければなりません。生産性の向上や地域特産づくりそのものが農業振興ではなく、安全で安定な生産・生活環境を維持し、この地域が好きで、そこで末永く農業を営みたい、生活を送りたいと感じることそのものが「振興」であることを認識しなければなりません。農村の社会と環境の形成である農村づくりが地域の農業振興に果たす役割は、地域住民の心の問題を考えればたいへん大きいのではないでしょうか。

 二つ目の理由は、地域の環境形成を進めることは、すなわち、土地利用の秩序形成に繋がっていき、秩序ある土地利用においてこそ、安定した農業生産が可能だからと言う理由です。現在の農村社会は、農業者の減少と都市化・混住化の進展により、住民の構成が多様化し、農村といえども農家は必ずしも農村社会の多数派とは言えなくなってきています。このような背景において、多面的な視点から、秩序ある土地利用構想を地域毎、集落毎に立てることは、農業的土地利用を秩序ある形で誘導し、構想に即した最適な基盤、施設の立地・機能配置をするための前提条件で、それが持続的な生産と生活につながります。土地利用調整は、たいへん困難な課題でありますが、地域としての一体性を追求するなら、どうしても、住民は地域環境に対する共通認識をもたなければならないのです。この共通認識を持つ過程を経てきたところに、今の農業的土地利用ができあがった訳です。

 もちろん、物理的な土地の秩序問題だけではありません。刻々と変化する社会事情への対応を考えねばなりません。生産行為を持続させるなら、福祉の問題や雇用の問題や教育の問題も考えておく必要がありますし、災害への対応としての環境の在り方も考えておかなければなりません。

 絶滅危惧種を守り、外来種を駆除し、生態系を守ること、美しい景観を維持することは、何も、アメニティの向上だけのためにやっているのではありませんし、災害対応も、決して生命と生活だけではなく、生産活動の円滑な流れづくりのためで、結局は農業をする土地そのものを守るためにやっているのが農村づくりなのです。だから、まちづくりでなく農村づくりなのです。また、農村づくりは長い目で見なければなりません。環境というものは、一度失われると戻すのに大変時間がかかります。また、複雑系であるため、何が農業に関係しているのかを把握することが困難でもあります。気が付いたときには取り返しのつかないことになって、農業の存続すら危ぶまれることにもなりかねません。

 環境形成は直接的な農業振興ではないかもしれません。しかし、環境持続型の農業をめざし、地域環境に誇りをもって、次世代へ農村を譲っていくためには、どうしても環境形成が必要となるのです。飯を食うためには、飯を生産する良い環境が無くてはならない。そして、良い環境ができれば、それがまた良い飯を作る。だから、経済活性としては、農業としての産業振興である農業振興が先などと言うことはできない、農村づくりと農村振興はいつも一体的であるべきです。

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