トレードオフ問題からの脱却

 新型コロナウイルス感染拡大の第3波の襲来ということらしい。いよいよ大変なことになってきました。毎日のように朝から晩まで、テレビで、新型コロナに関する情報が飛び交い、詰まる所、「拡大阻止か?経済活動か?それともその両立か?」と、今世の中で一番難しい選択問題が、決定打の出ない知見やこれまでの少ない経験の中で論議されています。

 大臣も全国の知事の皆さんも難しい判断を迫られて大変です。国民一人一人ができることは、当然精一杯やらなければなりませんが、限界もあり、結局は、頼りにするのは、最後は政治的決断とならざるを得ません。

 どんな問題であっても、最適な策は何かと考える場合、あらかじめ基準を設けておいて、その基準を元にした評価を行い、評価に基づいた策を立てて実行します。そして、その効果を再度評価して、改善策を検討すると同時に評価基準の見直しも行うことになります。一般的に言われるP(計画)D(実行)C(評価)A(改善)サイクルを繰り返しながら進み、少しでも最適な解を見つけ出そうとする。これが普通の問題解決の構造だと思います。しかし、世の中の問題には、評価しにくいものもたくさん有り、また、そんな悠長なことをやっていられない場合もあります。

 豪華客船が進む方向に氷山があって、このまま進むと氷山にぶつかるので舵を切ろうとしたが、舵を右に切ると石油を一杯積んだ赤いタンカーにぶつかる、左に切るとこれまた同じ大きさの石油を一杯積んだ青いタンカーにぶつかるみたいな問題だ。船長は、舵をどちらに切るべきかの判断材料がないので、とりあえず、赤がラッキーカラーだという理由で赤いタンカーに当たるしかないと、決断せざるを得ない。そして、乗客は何を叫ぶか。「なぜ船長は面舵いっぱいと言ったのか」だ。面舵を選択した船長は責任を取りたくないので、「そもそもこの航路を決めたのは会社だ」と責任の転嫁をし、終いにゃ、「もっと前から氷山は確認できただろう」と、今更論が出る始末。この問題、法的処理は別として、どこまで行っても解決策は無いのではなかろうか。

 新型コロナ感染対策の拡大阻止と経済活動継続も同じ問題を抱えているだろう。拡大阻止が命優先で、経済活動継続は命は無視しているなんて簡単には言えないはず。評価軸そのものを同軸で評価できないし、重み付けをしようにも、結局は、互いの立場で相容れない。患者を受け入れている病院の院長と居酒屋の店主の評価軸は数次元違うところにあると言うことです。

 世の中にはどうも、完全なトレードオフでなければ解決しない問題があるのだろうと、つい思ってしまう。「彼方を立てれば此方が立たず」ということわざがある。「頭押さえりゃ尻上がる」、「一得一失」、「痛し痒し」、「出船に良い風は入船に悪い」と、類義語はいくらでもある。これだけ表現が多いと言うことは、世の中にはそういう問題が多いということなのだろうと。

 経験や研究によって、誰でもが理解し、納得できる評価軸ができると、総合的に考えるための準備ができますが、今の段階で、高いエビデンスを以って判断できないこともあります。でも、だからと言って、トレードオフ問題をトレードオフ問題のままにするのは良くない。政治的決断を進めながらも、データの蓄積と研究を続けていく必要があります。赤と青を選択するための評価軸は研究の彼方にあると信じなければなりません。

 農村の生物多様性と営農活動も、農業と環境と同様に、長い間、トレードオフ問題として扱われることが多かった。今でこそ、農業あっての生物多様性であり、生物多様性あっての農業だと理解されていると思いますが、それは研究が進んだからそう言えるようになったのです。

 元々、農業は、農薬・肥料の使用、経済性や効率性を優先した農地や水路の整備、生活排水などによる水質の悪化や埋め立てなどによる生態系破壊など、悪の権化みたいに言われた時もあった。しかし、命のための食料生産である農業という経済行為を止める訳にはいないので、これまでずっとトレードオフ問題にせず、持続的農業生産への道を探ってきたということになる。

 そして、今では、農業を営むことによって維持されている生物多様性であるという理解がされるようになった。トレードオフ問題にして、諦めた政策判断にさせなかったという成果ではないかと思います。

 私は、生物多様性について詳しくは知りませんが、数年前から、とても興味ある研究の成果に注目しています。この研究成果を見た時、何か心が柔らかくなりました。コロナ禍で、どっちの責任だとか、政治的決断が遅いとか、その根拠はどこにあるんだとか、世の中ギスギスしていますが、今日は、最後にこの研究を紹介して、トレードオフからの脱却の重要性とだから研究が大切だということを知っていただければ幸いです。

 農研機構の西日本農業研究センターの楠本良延さんは、ここ数年、営農活動としての草刈り作業と生物多様性との関係性について研究を進められています。

 田んぼの周辺の草刈り作業は、害虫と雑草の防除、日照維持、鳥獣害防止等のために行うものですが、さらに、共助の意味合いも強く、草刈り行為そのものが、生産だけでなく、生態系や景観、地域のコミュニティ維持や健康・保険・教育まで関係して来るのではないかと思います。しかし、近年、過疎化や農業の人手不足が影響して、十分な管理が行き届かない農村部も増えてきています。また、その反面、全国の草原の面積は減少していて、畦畔や法面草地は生き物からすると、貴重な草地ともなってきています。先日、ある農村を訪れると、よっぽど草刈りができなくなってきたのだと思いますが、防草シートを張るならまだしも、畦畔をコンクリートで固めているところを見つけました。なんと悲しいことか。只、生き物のために草地を維持しておくと言うのも、生産者からすると、とんでもない選択ではある。

 そんな状況の中、彼は、仮払い管理と植生との関係を全国12地点で調べたそうです。やたらめったら草刈りしていて、多いところでは、年間7回も草刈りしている地域もあれば、年1回しかしていないところもあったようですが、彼の報告によると、この刈払いの回数と在来植物種数には関係性があって、年2~3回程度の刈払いなら在来種は多く維持されるが、それ以上やるか、逆に1回しかやらない場合は、在来種は減って、イネ科植物の相対的な割合が多くなり、カメムシの温床につながる可能性があると言うのだ。

 最近、草刈りロボットなども開発されつつあるが、畦畔の草刈りをトレードオフ問題にして、ロボットを年間ずっと稼働させて、とにかく根こそぎ刈払えば、生産には良いということでもなさそうだ。

 本来、生産効率としての面舵と生物多様性保全としての取舵は異なる評価軸でトレードオフ問題となるところを、管理頻度という共通評価軸を見つけて、この問題から脱却したことになる。

 コロナ問題の解決では、まだ、経済活動優先と拡大阻止優先に、共通の評価軸は見つかっていないが、必ず、その軸はあるのだと信じつつも、今は政治的舵取りの時ではないのだろうか。

※草刈りの頻度を、この研究成果だけで決めるのは良くない。もっと違う評価軸はあるからだ。研究の価値は、一つの評価軸での知見が得られたということではないだろうか。

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