防潮堤は壊れるのか

 先日、新聞に内閣府から公表された、新たなモデルで計算された津波被害予想についての記事があった。新たな想定があまりにも想定を超えていたので、住民が戸惑っているというのだ。公表からかなり時間は経っているのだが、どうも行政の出す情報と住民の求める情報がちぐはぐなようだ。

 東日本大震災における津波高さについては、発災当時、気象庁の津波観測点での最高記録値として、福島県相馬市で 9.3m以上、宮城県石巻市鮎川で 8.6m以上等が発表されました。しかし、津波により観測施設が損壊したところでは観測された波以上の津波が到達した可能性もあるため、その後、津波の痕跡等から津波の高さが調査され、その結果、最高津波高さは、岩手県大船渡市での16.7mと推定されました。その他、各種の大学や研究機関による津波被害の調査も行われ、岩手県の宮古市等では 30m以上の遡上も確認されています。

 これまで政府は、平成18年に決定された「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震対策大綱」等に沿って、防災対策を進めてきましたが、現在は、平成23年に出された中央防災会議の「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会の報告」を踏まえて、最大クラスの地震・津波を想定した対策の見直しを行っています。

 その見直しの中で出てきた資料の一つが、「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震モデル検討会」から昨年春(令和2年4月)に出された被害想定なのではないかと思います。この検討会は、平成27年度より令和2年まで10数回に渡って開催され、専門家たちが、最新の科学的知見に基づき、幅広い情報を分析し、考え得る最大クラスの地震・津波断層モデルの設定とそのモデルによる津波・地震動の推計等の検討を行いました。

 国土交通省や内閣府の防災対策の全体の構造をすべて把握してはいませんが、行政の計画等施行の手順というのは大変困難なものであることはよくわかります。災害対策基本法の改正もしなければならないし、防災基本計画の改定も必要で、それらに付随する様々な法と行政文書の改訂もあったのだと思います。10年の歳月をかけて、なんとか、未来に向けた本格的な防災・減災対策の土台が固まってきたというところでしょうか。

 さて、検討会が公開した予測では、地震の規模は北海道沖の千島海溝で国内最大のマグニチュード(M)9.3、東北沖の日本海溝でM9.1が想定され、それぞれ最大で高さ約30mの大津波が満潮時に東日本の広範囲を襲うと推計しています。また、これに伴う浸水域の計算においては、防潮堤が破壊されることを条件としていることで、浸水域は、地域によっては、東日本大震災時の2倍以上の範囲に及びます。

 このまま、この報告書を素直に読むと、ものすごい税金をかけて防潮堤を整備したのに、堤防は何も機能していないかのような印象を受けます。多くの住民は、あんなに頑丈に作ったのだから、波が防潮堤を越えたぐらいで堤防が壊れるなんて考えられないでしょう。

 行政側としては当然ですが、最初から、整備された防潮堤だけで減災・防災に事足りるなんてことは思っていない訳で、『多重防御』は基本であるし、住民が理解した上での整備であると考えていたのでしょうが、地域住民の科学や技術の理解というのは、そんなに簡単にはいかないということを分かってもらいたい。

 先ず、単純に1000年に一回と言われると、10年前に来たのだから、もうしばらくは来ないという解釈をしてしまいがちだし、防潮堤というものは、一般的には波が乗り越えると、破壊するものだということを知らない人が多いのではないでしょうか。もしかすると、この予測の位置づけそのものも理解しにくいのかも知れません。

 国土交通省の資料によると、設計対象の津波高を超え、海岸堤防等の天端を越流した場合であっても、破壊、倒壊までの時間を延ばし、完全に流失しないような工夫をしているらしい。それが、天端保護、裏法被覆、表法被覆の部材厚の確保等の「粘り強い構造」の実現であるわけだが、それでも、「壊れない」とはどこにも書かれていない。破壊メカニズムもまだ十分わかっていない中で、説明を求められても、専門家も答えようがないところもあるのだろう。

 ここで考えなければならないのは、科学的な知見だとか、シミュレーションの前提条件ではなく、住民の心に寄り添って、落ち着いて、冷静に聞ける場の中で、時間をかけて、津波と浸水域の計算の根拠、波や越流水と防潮堤の構造との関係が説明されたのだろうかということです。

 技術者や専門家の計算や行政の説明が一概に悪い訳ではない。国民に対して、一生懸命伝えてきているはずだが、如何せん、情報提供の仕方やサイエンスコミュニケーションがうまくない。寒々とした体育館みたいなところで、固いパイプ椅子に座って、よその国の言語(横文字がとにかく多い)を聞かされていると、じっくりと聞く気が失せるってものだ。

 私も現役時代に、様々な事業において、行政の住民への説明を見てきました。研究者として、行政側の説明のフォローもさせてもらったこともありますが、こんな説明で住民に分かってもらえるのだろうかと、不安になったことはいくらでもあります。30年前と比較すると、平成以降は、行政の言葉はかなり優しくなったし、住民への説明も丁寧になっていることは間違いないが、それでも、まだまだだ。

 科学的知見をより強く求める住民に対して、わかりやすい言葉で話し切れていないと思います。専門家が説明する機会も多くなっていますが、専門家が説明すると、より難しくなっていることも多い。

 テレビを通じて、難しい科学的知見がよりわかりやすく解説されることは増えて、さらに、行政の発信する情報もインターネット等を活かして、より幅広くわかりやすくなってきている。医者は、元々、人に優しくかつ易しく病状を伝える技能を持ってはいるが、テレビで解説する医療の専門家なんかは、このコロナ禍において、さらに鍛えられたのではないだろうか、最近はとても分かり易い説明をしてくれるようになった。

 しかし、医療関係の情報は、自分自身の命に係わる問題なので、聞く方も知識を蓄えながらより難しいことを聞くが、土木や建築における、構造物の強度や自然現象のシミュレーションなんてことになると、そもそも原理が理解しにくく、知識の蓄えようもない。

 説明する行政側は、その時々に応じて、住民がどんな情報を求めているのかを把握し、何を説明し、何を理解してもらえばいいのかを見極め、専門用語や横文字を、より分かり易い言語に翻訳して、コミュニケーションを図ることが必要です。

 そうです。説明が重要なのではなく、どれだけ理解してもらえたかが重要なのです。そこを欠いた説明になったり、場合によっては、難しいので説明を避けたりすると、返ってコミュニケーションが成り立たず、住民と行政の隔たりは大きくなっていくものです。Society(ソサイエティ)5.0社会に向けて情報の可視化が進めば進むほど、科学はコミュニケーションの力を求められることになるだろう。

 当研究会でも、今後、サイエンスコミュケーションに関する支援をどんどんとしていきたいと考えています。

※アイキャッチ写真は茨城県「大洗磯前神社」の神磯の鳥居です。震災の時も倒れなかった不屈の鳥居である。

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