「地域らしさ」には愛情が含まれる

 日本らしさ、地域らしさ、子供らしさ、自分らしさ。「らしさ」というのは、そのものの特徴や個性、それ全体が持つ社会共通で描かれるイメージのことを言います。「日本らしさ」と言えば、日本の特徴を表したものであって、日本の文化や風習、日本ならではの考え方、日本の土地柄として成立している風景なども日本らしいものと言えます。それを見れば、それに接すれば、多くの人が日本のものであるとすぐに分かり、社会共通のイメージが形成されます。

 よく、海外の方に何かプレゼントする時に、「日本らしいものを差し上げたらいいんじゃない。扇子、和傘、提灯とか、御猪口や風鈴なんかもいいわねぇ」なんて言います。なんと、日本人でさえ、あまり手にしたことが無いような日本らしい品物をどこからか探し出してきたりします。今日日、百貨店でも売っていないのではないだろうか。「提灯どこで買ってきたの」と見てみると、『たこやき』って書いてあって、ホームセンターに売っていたと言うが、本当に、それが日本らしいと言うことで良いのだろうか。更に、イメージが固定し過ぎると、「らしさ」はとんでもない方向に展開します。あまりにも極端になると、富士山と桜がデザインに入ってさえいれば、それはもう「日本らしい」と言うことになってしまいます。お箸にサクラのデザインならまだしも、銀スプーンにサクラのデザインがあっても日本らしいというのだろうか。そう言えば、聖火リレーで使っているトーチのデザインはサクラで、あれも日本らしいということなのでしょうか。

 「自分らしさ」となると、今度は、自分で自分のことがどこまで分かっているのかわからないので、結局は、日頃よく着ている色の服が自分らしい服であったり、ラフなスタイルが自分らしさになっていたりする。また、のんびり暮らすのが自分らしいとか、物事に動じないと言うような、暮らし方そのものや性格を自分らしさとしてしまっている場合もあります。でも、落ち着いてよくよく考えてみると、案外、何が自分らしいのかはよく分からなかったりします。それでも、まだ自分のことなので、間違っていようがいまいが、誰にとやかく言われることなく、自分らしさをなんとか作り込んで、固定することもできないことはありません。

 でも、「子供らしさ」とか「女性らしさ」なんてことを言い始めると、もうこれは、無理やり植え付けた社会通念みたいにされ、今では、ジェンダー問題にもなりかねない。

 「子供らしい返事をしなさい」とか「子供らしい趣味を持ちなさい」と言われると、子供でも、子供らしいって何だろうと首を傾げ始めます。素直なことが子供とは決まっていないし、おもちゃが子供のものであるとも決まっていない、もしかして、「ヨットが趣味の子供は子供らしくないのか」と、頬杖をついて考え込んで、それこそ子供らしくなくなってしまう。いや、子供だって頬杖をついて考えることはあるので、子供に対しては、失礼極まりない物言いだ。

 子供からしたら、♪ はぁ~、うっせえ!うっせえ!うっせいえわ! ♪である。

 「らしさ」というのは、自分で自分のことを言う「自分らしさ」以外の周りのことはすべて、自分から見た一種の決めつけであって、それが例え、社会通念になっていたとしても、自分なりに認識していることであるので、場合によっては、固定観念となってしまい、よろしくないことになる。

 それじゃ、「日本らしいプレゼントって何かな」と尋ねられ、「人それぞれ日本らしさには違いがありますから・・・」と言えるかというと、そうはならない。みんながそう思っているだろう、そう感じているだろうという社会通念の固定をして、自分なりに日本らしさを掴まえて、会話を円滑に進めるしかない。すべてを独立した個性であるとは見ないし、見ることができないのが人間です。差別化するから自分の居場所があるのですが、それは差別とは異なります。だから、「日本らしさ」という、社会通念で大まかにくくられた特徴を暗黙の了解として持っているだけで、会話は成立するし、商品も作られるし、また、日本人なら、「日本らしさ」という言葉に誇りも生まれるはずです。

 そういう意味で、「地域らしさ」という言葉も、とても重要な社会通念として整理されるものだと思います。「東京(人)らしさ」と「大阪(人)らしさ」は明らかに世間的に共通認知されたイメージを持っています。だからこそ、会話は成立するし、事細かく特徴の中身を会話の相手に説明しなくても、「らしさ」という一言で話は通じるのです。「ぽいっ」などという言い方もあるが、「らしい」、「ぽいっ」で、何も言わなくてもきっちりとイメージは伝わります。皆さんが住む地域という場所もそういうアイデンティティがあるから、帰る場所になるのであって、「住めば都」と言われるように、初めての土地であっても、住んで長く暮らすことで、その地域のアイデンティティが自分の中で形成され、そのアイデンティティが固定化されればされるほど、そこに暮らす安心感が産まれ、「都」としての住みよい場所になるのだと思われます。

 昔、景観研究として、地域らしさと景観の美しさの関係性を調べたことがあります。とある地域の住民を20人ずつランダムに実験群と統制群に分けて、実験群には、自分の住んでいる地域の代表的な景観の写真だと偽って、様々な景観写真を見せて、自分の地域の景観らしさと、景観の美しさを評価してもらった。統制群には、景観の美しさのみの評価をしてもらったところ、景観の美しさの評価とは関係なく、自分たちの地域らしい景観だと評価した景観は、美しさも高く評価することが分かりました。景観の美しさは、その絶対的な審美性を評価しているのではなく、「地域らしさ」を感じられるどうかが重要な要素であることが分かります。

 そうです。「地域らしさ」は単に特徴で、地域のイメージを固定化するものではなく、それに対する愛情が含まれていると考えた方がよさそうです。それは見慣れた安心ということであるかも知れません。「日本らしい」と言ったら、それは、日本のすばらしさを伝えたいと思っているし、「自分らしい」も、自分を誇りに思っているからこそ、そこに「らしさ」を固定したい訳です。「子供らしい」、「女性らしい」も、愛するが故の自分自身のイメージの固定化であって、何も、社会通念に縛るための「らしい」ではないのです。

 皆さんの農村づくりでは、是非、地域の「美しさ」ではなく、地域の「らしさ」を求めていただきたいのです。

  「朝、ゴミが散乱しているのが、我が○○地域の特徴で、それが『○○地域らしさ』だ。でも、そんな○○地域には、愛情の一欠けらもない」と反論されたい方もいらっしゃると思います。私の『地域らしさ愛情論』は崩れたのでしょうか。いえいえ何も崩れてはいません。それはあなたがその地域の真の住民にまだなっていないだけということじゃないでしょうか。

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