集落という生き物 其の二

 刑事ものドラマに目が無い夫婦の「張り込み」が始まった。私は八時には出勤するので、五時から七時までを担当。七時からは彼女がゴミ集積所の近くで見張ることになった。妻は、果敢にも赤ん坊を背負っての張り込みで、「育児デカ」となった。ゴミ集積所は国道沿いにあって、佐賀市内へ向かう人たちの出勤時間とも重なっており、車はだんだんと多くなってくる。こんなに車の交通量が多い通りで、ルールを守らずにゴミを出す人が本当にいるのだろうかと思ったが、二回目の張り込みでいきなり犯人は現れた。

 その日の朝、彼女は交代の一時間前の六時過ぎに、私の見張る集積所裏までやって来た。アパートからここまで二分とかからない。いつもその時間はスヤスヤと幸せの寝息を立てている息子が、なぜか起きだし泣いて、あやしても泣き止まなかったらしい。これは困ったと、彼女は息子を背負い、寝かしつけ係長だった私のところに来たのだ。私が息子を抱っこして保育士モードに入り、彼女は探偵モードに入ったその時だ。彼女は異変に気付いた。

「あれ変だへ?」

 怪しい車が現れた。彼女はゴミ集積所ではなく、北から佐賀市内へ下りて来る車の流れを見張っていて、ウインカーを左に出した車に目を付けた。私は陰に隠れて、張り込みのために用意していた折り畳み椅子に座り、息子を膝の上に抱っこして、寝かすべく緩やかな貧乏ゆすり作戦を繰り出していた。

「あれ絶対、停まっぺよ」

 私がちらちらっとそちらの方を見ると、確かにその怪しき車は、ウインカーを左に出してゴミ集積所の前に停ろうとしていた。「危ないから行くな。ナンバーだけ覚えろ」の指示は子供を起こさないよう小声で言ったため、彼女には伝わらず、あっという間に彼女は車の方に飛び出していった。

 犯人も悪いことだとは分かっているのだろう。停車したかと思うと、スラっとしたスーツ姿の青年が、半ドアぐらいにして、素早く運転席から降りて、後ろのトランクからゴミを出して、ポンと投げ捨てようとした。犯行時間僅五秒程度であるが、日頃テニスで鍛えた彼女の瞬発力は、その五秒を短いものとはしなかった。

「何してんねん。ここに捨てていいと思てんのか!」

 どうしてこういう時だけ関西弁が出るのかよく分からないが、女だてらに結構ドスの効いた声だったので、犯人も身が縮みあがったのだろう、後ろを振り返りゴミを放つ手が止まった。

「ずっど、こごにゴミばかっぽてたのはおめぇが」

 九州弁と茨城弁と大阪弁の混じったなんかよく分からない日本語になっている。大阪弁が効いたのかどうかわからないが、犯人は逃げるでもなく答えた。

「今日初めてなんで、すみません」

「なーにごじゃっぺ言ってんだへ」

「ごじゃ・・・?ごじゃ・・・?」

 茨城弁単独でも何を言っているか分からない。犯人も戸惑っている。

 私もようやく子供が寝入ったので、抱っこしたままその場に出て行って翻訳を手伝うこととなった。

「いい加減なこと言うなよ。ずっとこの集落の人たちは困ってるんだよ。ナンバーも控えたし、写真も撮ったから。警察に行ってもいいんだよ。これも不法投棄だと思うよ」

 犯人は私たちより少し若い感じだったが、根は良い人なのかも知れない。私たちが赤ちゃんを連れていることもプレッシャーになったようだ。

「すみません。上の集落のゴミ収集日が僕の仕事と合わなくて困っていたんで、ここ丁度いいなと思って・・・」

 シオシオのパーだ。

 犯行時間僅か五秒ではお年寄り役員さんたちの見回りも意味をなさない。

 私たちも一瞬見逃してしまいそうになったが、育児デカの観察眼は鋭い上に瞬発力も鋭い。これまで夫婦で話をする中で、アパートの住民ではないだろうと予測は立てていた。彼女は赤ちゃんがまだ小さかったので、家にいることが多く、アパートに入居している若い奥様方とはよく話をするらしい。その奥様方の井戸端会議では、夫婦ものは皆ルールを守っていて、一人だけ独身の若い男性が二階にいるが、この人は製麺会社に勤めている社員で、そういうことをする人には見えないらしい。我が家はまだ貰ったことはなかったが、彼と同時期に入居した夫婦には、時々賞味期限間近の自社製のうどんを持ってきてくれ、挨拶もしっかりする礼儀正しい気持ちの良い人だそうで、犯人はアパート住民ではなく、外部の者だろうと踏んでいた。だから彼女は北から佐賀市内へ向かう車を見張っていたのだ。エラリーとアガサに傾倒し、読み漁り、刑事コロンボの再放送を何度も見たのが効果を発揮した。

 犯行の時間と車のナンバーを記憶したし、現行犯で捕まえて注意もした。「そんなこと知らない」と言われていざこざになっても良くないと思い、名前と住所も訊いたので、後は役員さんに任せることにした。

 私はその日、そのまま仕事を休むことになった。

「会長さん。おはようございま~す。山本で~す。いらっしゃった。ああ、よかった」

 原会長さんは、今からゴミ集積所へ向かうところだったらしく、薄緑色の作業着に着替え、農協のマークの入った帽子をかぶり玄関に現れた。

「何がいたと」

 僕たちのような若い夫婦が朝から自治会長のところを訪ねることは無かったのだろう、相当目を満丸くしていた。

「いやぁ、だから、犯人見つけましたよ」

 会長さんは私たちがゴミ集積所を見張っていたことは知らなかったので、すぐには何のことか分からなかったようだが、犯人と言ったので一気に理解した。

「ほんなごて~? 誰がしとっとや、捕まえたとか」

「僕らのアパートの人と違います。上の集落から来ている人みたいです。車で来て、ゴミ袋放り投げて行こうとしたんで、ナンバーを控えて注意もしました」

 そこへ、息子を背負ったまま、遅れて、妻もやってきた。

「バルさん、やっぱ私らん所と違ったばい。今日はカラスにはやられとらんばってん、ついでに掃除もしておいたばい」

 無理に『ばい』、『ばってん』をつけて九州弁ぽく喋ろうとするが、かなりおかしい。『ばい』を何度も繰り返すものだから背中の息子が反応した。何故か『ばいばい』と言う響きは嫌いなのだ。

「また泣き出したっぺよ。パパお願い。なんとかして」

 会長さんは、『バルさん』には気づかなかったようだ。そのまま、会長さんと一緒にゴミ集積所へ行き、再度状況を説明した。この頃、妻は、九州では『原』と書いて『バル』と読むのが気に入って、原が付いているものは何でもすべてバルと読んでいた。癖になるから止めとけよと言ったのに、案の定こんな時に出てしまった。気づかれなくて良かった。

「あんたら、いつから見張りよった。そげんこつせんでよか。危なかばい」

 少し怒っているような言い方だが顔は笑っている。犯人が判明したということで安心もされたのだと思うが、それ以上に、新規住民となった私たち若い夫婦が集落の厄介事に協力してくれたということが嬉しかったようだ。

 小さな集落である。その日の夕方には住民の誰もが私たちの活躍を知っていて、アパートの住民たちにも伝わったようだ。特に、少し疑っていた二階の独り者の太田さんも、どこかで聞きつけたらしく、夜遅くになってうどんを持って訪ねてきた。

「ありがたか。あんたらのおかげで、おいん疑いが晴れたばい。また今度、新作のうどん持ってくるばい」

 玄関で応対した私たち夫婦は、シンクロって後ろを振り向いて、子供が寝静まっていることを確認した。彼は何のことだか分からずに、ニコニコして帰っていった。彼を疑っていたのは私たちだけで、会長さんや役員さんは私たちを疑っていたのだが、彼は集落民全員が自分を疑っていると思っていたようだ。何にでも『ばい』をつけて話すので、彼が九州の人じゃないのではとの疑いが新たに浮上した。

 小さな事件がこれまでに関係の無かった多くの人を繋いでいく。しかも、それが集落と言う単位の中で起こったのだ。集落という社会が関係性を膨らませたのか、それとも、関係性の膨らみが集落を成長させたのか。『集落』というものは、どうも、特定の空間的地理的まとまりのあるコミュニティだなんていう説明はあまりにも寂しすぎるように思う。関係性の成長そのものに『集落』というものの本質があると思いはじめた。

(次回へ続く)

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