御上先生

 私はドラマが大好きでして、どのクールでも各局ほとんどのドラマをコメディものから恋愛もの、刑事もの、社会問題に至る様々なもの、定番と言われるものまで、そして、面白いものから、そうでないものまでありとあらゆるものを観ています。ドラマなんかくだらないと言われる方も多いと思いますが、好きなのだから仕方がない。いや、暇なのだから仕方ない。

 ドラマっていうのは、観る時にあまり深く考えてはいけないんだと思います。社会の実際の問題と乖離しているのですから腹が立つ部分も多々ある訳です。特にお年寄りは人生経験が豊富なので、ばからしくなってしまって見られないというのはあると思います。でも、ちょっとぐらい話が現実とは矛盾していても、「そんな奴はおらんやろう」、「そんなバナナ」なんて突っ込みながら、評論家みたいになって観るのも楽しいものです。私はストーリーの作りと根幹に流れているテーマ、シナリオの妥当性とセリフの面白さや中毒性、役者の演技への没入感などをチェックしながらいつも観ており、特に、役者については、感情表現が上手いなぁとか、自然だなぁとか、新しい人が出てくると、これから良い役者になりそうだなぁとか、今回はミスキャストだったかなとか、ごちゃごちゃと独りよがりに分析しています。また、観終わった後は、同じくドラマ好きの妻と、ああでもないこうでもないと、素人評論をしあうのも楽しみとなっているのです。まぁ、老後の夫婦の楽しみ方の一つとしてドラマはある訳です。

 最近は、ドラマもかなりいろいろとテーマも出つくして、主役の強烈なキャラクターと毎回毎の大物ゲストなんかでなんとか10回を楽しむしかないなんていうのもありますし、謎が謎を呼ぶと言った非論理的ミステリーを無理に繋げて、最終回で伏線回収をするなんてのも多くなってきました。定番の水谷豊主演の相棒なんかでも、最近は無理しているシナリオが多いと感じます。自分が歳を取ったせいで、矛盾を受け流す力がなくなりつつあるのか、本当に面白くないのかが分からなくなってきました。

 そんな中、今回、あれあれって思ったのはTBSの『御上先生』ですね。TBSの日曜劇場というドラマは毎回楽しんでいますが、今回はかなり楽しめましたね。誰にでも受けるテーマやストーリーではなかったですけどね。ストーリーを事細かく話すとネタバレになるのでやめておきますが、テーマとしては、国の教育行政を変えるため、超一流進学校に教師として入り込んだ”オカミ”こと『御上(ミカミ)先生』が学生とともに考え、文科省と癒着した学校の不正入試の闇を暴き、内部から変革を促していく。そして、事象の根幹に流れるのは、世の中に起きる出来事を『個人的なことは政治的なこと(The personal is political)』として捉え、『考え続ける力』を持って、大きな組織や権力に立ち向かっていくという壮大なものです。おそらくそれほど外れていないと思います。

 いゃー、松阪桃李さんという役者大好きでねぇ、やくざ世界の話でしたが、映画『孤高の血』なんかいい演技でした。考えてみれば、奥様の戸田恵梨香さんも大好き。今回、一緒に出ていた岡田将生さんも大好きで、その奥様の高畑充希さんも大好きで、この辺りが出ている作品は映画も含め全部見ていますが、今回の松阪桃李さんの御上先生はかなり光っていましたね。御上先生が話す『考えて・・・』と『そうだね↴』が忘れられませんねぇ。あの静かなセリフは熱くなり過ぎず、醒め過ぎず、今回の先生の性格をよく表していたと思いました。

 最終回で「考えても考えても答えの出ない問題を逃げ出さずに考え続けることだ」と淡々と言うセリフも秀逸でした。とにかく良いドラマだったと思ったのですが、どうも腑に落ちないことが一つあります。それは、テーマとしてある『The personal is political』の一方向の解釈です。私たちが日常で感じることや経験する問題が個人の性格や能力の問題ではなく、社会全体の仕組みやルール、文化的な価値観と深く結びついているということを言いたいことは分かるので、ドラマとしてはこう纏めざるを得ないというのは理解できますが、いや、そうであるならば、もう一方で、個人のことは個人的なことでもある、”The personal is private”についても深く考えるべきではないかと思ったのです。なんでも社会問題にしていくことが良いとは思えない。そこには必ず社会に対する問題と個人に対する問題の両面があることを学生たちに明確にしていく場面がないと片手落ちで、良い教育とは言えないと思うのです。

 今回のドラマの場合、真山弓弦が父親から日常的に暴力を受けており心身ともに疲弊をしていたことに加え、頼みの綱であった母親も不倫を生徒に暴露されたことで、自暴自棄となり、不公平な世の中への復讐として国家公務員試験の会場で無差別殺人をしてしまったことを発端としています。しかし、その母親の不倫も学校の不正入学の隠蔽からの脅しであったと言うストーリーのため、個人的なことが社会的なテーマとして扱われていくのですが、最後まで、殺された方の個人の問題には触れられなかった。殺人者にどんなに社会的背景があろうが、殺されたのは個人であり、そこに社会は関係ないのです。ですから、学生がこの問題を考えて行くというテーマは面白いですし、世の中にはどちらが正しいと判断できる問題ばかりではないという落ちも悪くはないのですが、個人がそこに存在することも、ストーリーとしては明確にしておくべきだったなぁと思いますねぇ。

 まぁ、こんな風に、好き勝手考察しながら老後のドラマ鑑賞を楽しんでいるのであります。それにしても、新聞記者志望の神崎くんだけ、高校生なのになんだかものすごく大人だったのも気になった、あんな子ホンマにいる???

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