虫の音、言ふべきにあらず

 確か、台風10号が来る前までは蝉が鳴いていたはず。夕方、近くのスーパーに買い忘れたものを買いに行くことがあるのですが、玄関を出ると、外はまだギリギリと暑く、エアコンで必要以上に冷やされた身体がぐったりする処に、蝉の声が圧し掛かってくる感じだったはず。それが、この一週間でどうだろう、暑いけれどなんだか爽やか。蝉の声はまったくしなくなり、代わって、秋の虫の音に変わっている。夏と秋の季節の変わり目はズバッとハサミで切られて糊付けされているみたいです。

 スーパーまでは5分程度の散歩となりますが、やっぱりそうだ、蝉はいなくなったようです。もしかして、台風の強風でみんな飛ばされたんじゃないのか。この辺は冠水は無かったので、俺たちは被災していないし、ここで季節の音を切らすと、虫の沽券に関わると、コオロギたちががんばって出て来たんじゃないのだろうかと思わせる。

 道路脇の草むらからする虫の音は私が歩いていくと、その傍からピタッと止まります。いたずら心で、その場に佇んで草むらを凝視してやると、しばらく草むらは黙っている。でも、我慢できなくなった一匹がコロコロって鳴いて、また止まる。私と虫たちの我慢大会を征したのは私で、黙って止まっている私に、「早よ、あっちに行ってくれ。鬱陶しいなぁ」みたいに、しだいに抗議の大合唱となる。

 秋の風情を感じることができるが、無理に一所懸命鳴いているように聴こえるところが、夏を見送っているようにも思える。夏と秋の間の鋭利な切断面を糊付けしているのは虫たちのようです。

 今年の夏はとにかく暑かったですね。こんなにもエアコンを一日中付けた年はこれまで無かったように思います。私は前立腺がんの治療で飲んでいるホルモン剤の関係で、ホットフラッシュが酷くて、日に何度か汗が止まらなくなるのですが、今年の夏はホットフラッシュのせいなのか、気温のせいなのかよく分からない。エアコンで冷やしまくっても一日中汗かいている感じです。運動した訳でもなく、じっとしていて最高で一日4枚Tシャツを着替えた日もありました。『海街ダイアリー』の4姉妹の末っ子役を演じた広瀬すずちゃんが、風呂上りに縁側でバスタオルをばぁーと広げて扇風機に当たるシーンなら可愛らしいが、66歳のじじいが、風呂上りにエアコンに向かってバスタオルばぁーはあまりにも醜いし、後ろからかかる声も、綾瀬はるかの「こらっ!」なら、ベロ出して終わりで良いが、妻の「ばっかじゃないの」だと、喧嘩になってしまう。醜いと言われようが、喧嘩上等とやりたいぐらいだが、ここはぐっと堪えて、2枚目のバスタオルを使いながら、「電気代も上がっているのになぁ」と次の日の洗濯を気にすることになる。

 「秋は、夕暮れ。」はレベルの低い私の感性でさえ研ぎ澄まさせてくれます。「烏の寝どころへ飛び急ぐ」のも見ないし、「雁の連ねたるが、いと小さく見ゆる」もないが、「日入り果てて、風の音、虫の音など、(はた)言ふべきにあらず」は納得です。最近は春と秋が短く四季が二季みたいになってきていて、ゆったりと身体を落ち着かせることが難しいが、夕方の散歩がてらの買い物で、虫たちと黙りっこ大会をして、もう少しこの短い秋を楽しみたいものです。農村の季節の変わり目ならもう少し緩やかなのだろうか。

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