大豆転換畑の排水不良

 久しぶりに農業の話から始めたい。もう10年以上前のことになりますが、とある農村のリーダーの方から相談を受けました。「我々の地域の農地は排水不良のところが多くて、転換畑の大豆の収量が伸び悩んでいる」と言うのです。農業者の方はよくご存知の話なのですが、当コーナーの読者は農業者だけではないので、簡単に説明しますと、⼤⾖は播種時に⼟壌が湿り過ぎていると、酸素不⾜で発芽が悪くなります。また、地下水位が高いと、⼤⾖の根が浅く発達するため、夏場の乾燥にも弱くなります。難しいことはいろいろとあるのですが、簡単に言うと、大豆栽培は地下水の制御によって収量に大きな影響を及ぼすので、如何に排水を促進するかが重要ということです。

 そこで対策としては、 輪作による地力低下への対応とともに、降⾬後の早期排⽔のため、暗渠や明渠により排⽔溝を設置したり、透⽔性・通気性を⾼めるため、耕盤層の破砕・⼼⼟破砕をしたり、カットドレーンという工法で地下に孔をあけて水を流します。更に、場合によっては、固定的な施設として地下⽔位を40〜50cm以下に制御するための「FOEAS(フォアス)」と言われる施設を施⼯するのです。このFOEASは私の所属していた古巣の研究所の大きな成果であり、今では全国の多くの地域で施工されています。凄い技術かというとなんのことはない。圃場に穴の開いたパイプを埋め込み、圃場に水を潤す時は、パイプから水を供給して水位を上げ、排水が必要なときは、パイプ末端の栓を取って地下水を早急に下流の水路に吐き出し、適正な水位に保つだけのことです。そう言うと、多くの人がそれぐらい研究するまでもないのではなんて思うかも知れませんが、技術の体系化とはそういうものではなく、この技術は多くの研究者の血と汗の結晶であります。ただ、それなりに資材や施工には金もかかりますし、メンテナンスも必要なので、どこでも適用できるってもんでもありません。一般的には暗渠と呼ばれる排水溝だけを設置して対処することが多くなります。

 で、ここのリーダーの相談は、「すでに暗渠は導入しているが、土層の透水性が改善されないため、なかなかうまく行かず、どうしようや、FOEASを導入した方が良いのか」という相談でした。私は圃場の排水の専門家ではありませんが、一日かけて、リーダーと何人かの農家の方と排水不良を起こしている圃場を視察させていただきました。排水の悪い圃場は、確かに末端の圃場であったり、元の川筋が通っていた等の条件で水の集まる場所になっていて、そもそも条件が悪い場所で、これは暗渠をちょっと入れたぐらいではなかなか改善しないだろうという感じでした。土層改良と合わせて、カットドレーンを導入すれば、それなりの効果は出るかも知れませんが、問題はここからです。

 ここの地域では、大豆の収穫は全体では150kg/10a(うろ覚えの数値)程度で、全国平均(今は160 kg/10 aになったかな)よりは低かったですが、山間盆地の転換畑地としては決して悪い数字ではない。しかし、ここを改良したいと示された排水不良の農地は全体の100分の1にも満たない数a(アール)の小さな圃場が数筆(圃場の枚数の単位)であります。考えてみれば、これを改善することにどういうメリットがあるのだろうかと思ったのです。こういう時、人の考え方というのは、直面している問題にばかり目が行ってしまい、全体を考えることが出来なくなっているようです。私からすれば、この数筆の圃場は下流側にバックホーで溝でも掘って対応する程度にして、条件の良い農地の持続的な排水対策をもっと強化して、150kg/10aを160 kg/10aに押し上げる策を考えた方が地域全体の総収量の増加が望めると思い、そう説明するのだが、どうも理解してもらえない。条件の悪い農地をなんとかしたいということしか眼中になく、「それやっても、使えない土地はそのままですよね」と言われてしまいます。いやいや、ここが違うのです。使えない土地ではなく、排水の悪い土地はそのまま排水の悪いということを活かすことだって考えられる。例えば、小さい面積なので、セリでも植えるとか、マコモを育てて、地元の小学校の小さなビオトープとして使うとか。もう10年以上前の話なので、何を言ったかは正確には覚えていませんが、こういうところまで説明したように思います。しかし、農家の方たちは、排水不良を改善しないと生産性が落ちると、頑なで、相談されたから答えたのに、私の意見には全く耳を貸さない。あの後何回か通えれば、もう少し、地域全体としての多面的な農地の活かし方についてお話できたと思いますが、私もそれ以来、そこを訪れる機会がなく、その後どうなったのかと聞いたところ、結局は暗渠を強化した程度に留まっていて、排水不良は解決していないということです。

 本日、一番言いたいことは、土地を生産性だけで見ていてはいけないとか、収量アップのための技術を積極的に使ってはどうかという個別の考え方ではありません。思考というものは、狭い範囲で留まっていてはいけないということです。常に幅広く関係のないところまでも範囲に入れて思考するべきではないかということです。

 前々回、農村づくりにおいては「情報共有の柔軟性」が大切であることをお話しましたが、もう一つ大切なポイントとして、農村づくりでは「思考範囲の幅の大きさ」も大切だということになります。是非、皆さんも何か問題にぶち当たった時、あまり直接的な問題だけに捕らわれないようにしてみて欲しい。答えは範囲外にある場合もあるのです。

※アイキャッチの写真は本文の地域とは異なりますが、この写真のように、傾斜末端農地は排水の悪いところが多いのはよくある話です。写真には写っていないがこの地域では、末端の排水不良圃場は水を貯めて、水生植物のビオトープを作ったり、蛍の育成のためのカワニナの養殖池にしている。

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。