オシャレな田舎料理

 広島県の山奥にエコミュージアムを展開する集落がありました。三十年ほど昔のこととなりますが、全町公園課構想を策定した町のとある集落のことだと言えば、「ああ、あそこか」と、フムフムと頷く人もいるかもしれません。今は町の名前も変わり、その構想の一端を担っていた「何とか村」という大規模な公園施設は早々と閉鎖されてしまったようです。最近私は訪れていないものの、ネット情報によると、このエコミュージアムにあったレストランの方は、今では知る人ぞ知るそばの名店となっており、農家レストランとしても有名みたいです。

 私が訪れたのはおそらく平成三年あたりではなかったかと思います。エコミュージアムの施設などが整備されて間もなくの頃で、廃校の資材を活用したオシャレな研修宿泊施設に泊まらせてもらいました。

 エコミュージアムというのは、1971年フランス人のアンリ・リヴェールによって提唱されたもので、行政と地域住民が一体となって、地域の生活と自然及び社会環境の発展過程を知的に探究し、自然及び文化遺産を現地において保全育成し、持続的な展示を通して、その地域の発展に寄与することを目的とした環境保全活動の全体を総括する博物館のことです。

 今や、日本でも全国各地にエコミュージアムは点在しており、皆さまも一つや二つはすぐに思い当たるのではないかと思います。いったいどれくらい存在するのか調べてみましたが、名前がエコミュージアムというものではないものもあり、その実数を捉えることはできませんでしたが、各県で三つ、四つはあるのではないでしょうか。 只、今日は、エコミュージアムについてのお話ではないので、これ以上調べるのはやめました。

 ここの施設は、ちょっとモダンな研修宿泊施設を中心としたコア施設があり、その周りに自然文化の学習拠点がサテライトとしていくつかありました。淡水魚の養殖もやっていたように思います。地元住民が中心となって運営協議会が立ち上がり、経営をしていて、宿泊施設は、特に二十人程度の女性グループによって運営されていました。

 観察の森にいたオオサンショウウオのその大きさに度肝を抜かれましたが、一番の驚きであったのは、お母さんたちが作る絶品の山菜料理と川魚料理でした。

 レストランで、すっかり温泉宿泊まりの気分になって、振興会の会長さんと酒を飲みながら話していると、山菜の天ぷらとイワナだっかヤマメだったか忘れましたが、小さいけれど、まだ尾ひれがピクッピクッとするほどの新鮮な刺身をお母さんたちが出してくれました。

 「ようし、田舎料理が来た」っと、これがこういう山奥の民泊の醍醐味だよなっと思いましたが、どうもいつもと雰囲気が違います。

 会長さんがすかさずニヤッとして、「どうです」と私たちに何か言わせようとしています。

 私は鈍感である上、まだ駆け出しの研究者だったので気づかなかったのですが、一緒に食事をしていた当時の上司は、すぐにいつもとの違いに気づきました。「えらく、上品ですね」

 会長さんは広島で会社員をやっていましたが、最近になってUターンで戻って来た人だったので、おそらく、広島弁がさく裂したはずです。

「ほうじゃろ、ほうじゃろ。綺麗じゃろ」こんな感じだったと思います。只、三十年も前の話なので、セリフはちょっと脚色させて貰っています。

 そうなのです、田舎料理と言えば、自慢の特産がドーンと皿にてんこ盛り、天ぷらが皿から溢れんばかりにうずたかく盛り上げられ、これまた所狭しと大皿に刺身がダイコンの敷つまの間を泳いでいるのが一般的なのだが、ここのは全く違う。

 「都会もんよ、どうだ、こがんなん見たことないじゃろう」という主張はしているものの、決して、都会への劣等感の巻き返しのような主張ではなく、料理そのものがミュージアムの様相を呈している。山菜の天ぷらは、まるで里山に生えていたそのままを揚げてきたように盛り付けられているし、魚も、川の中を切り取ったかのように氷の上に置かれている。

 会長さんがまた喋りはじめた。「○○スタイルの料理よ、綺麗じゃろ。ここを仕切って貰ってるおかん達は、みんな大阪へ出て、和食の達人の神田川さんとこへ修行に行ってきたんよ」

 訊いてみるとこういう事であった。この施設での売りは、山菜の天ぷらと川魚料理だということはすぐに決まったが、試しに作ってみたが、なんとなくモダンな施設の雰囲気に合わない。何が問題なのかと考えたところ、田舎だから田舎風の盛り付けということでなくていいのではないかと言うことになったらしい。会長さんが更に、ここに至った経緯を話してくれたが、とても粋な理由であった。

 考えてみれば、この地域に住むお父さん方は、みんなこの集落を出たことないから、料理と言えば奥さんが作ったいつもの田舎料理を食べるだけになっている。外部からいろんな人がこのエコミュージアムに来てくれるのだから、都会の味付けというものも食べてみて、知っておいた方が良いのじゃないかと言い出して、会長さんが、料亭の味をお父ちゃんに味合わさせてやろうと、数人ずつ二回に分けて、お母さん方を神田川さんところに送り込んだと言うのだ。

 もちろん施設のレストランの料理を提供するためという目的もあるが、お父ちゃんをびっくりさせてやろうという目的も加わり、お母さん方の研修の真剣さが違ったと言う。

「夫婦の仲がええんも、地域振興の大事な目標じゃし」

 会長さんに、綺麗にまとめられてしまった。

※文頭の写真は、宿泊施設にあった、廃校の廃材を使った多目的ルームの証明

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