農村づくりの技法(3)

3.プロセスメーカーの心得

 最終的にその地域がどうなるか。例えば、何か特定の産業として観光が推進されるのか、特産物開発によって農村物が売れるのか、美しい景観が形成されて暮らす人々に潤いややすらぎが与えられるのかということは、プロセスメーカーにとって重要ではありません。

 もちろん、様々な活性化に向かっていることは大切ですが、活性化することそのものではなく、寧ろ、活性化に至る過程が適正であったがどうかが重要なのです。

 なんらかの事業や制度を使って、それなりに経済的な活性を得ることはそれほど難しいことではなく、その事業や制度に関わる住民が、その事業や制度を納得して使っているのか、それらが持つ真意を理解した上に推進されているのかは困難です。活性化への過程において、この点を明確にしなかった故に、不公平が生じたり、事業途中で、内部分裂になり兼ねない事態に発展することもあります。

 もちろん、100%の住民が同じ方向を向いたり、活性化に対して同じ認識を持ったすることはありませんが、納得解を得ながら、前に進んでいるかどうかかは、農村の長期的な経営においては重要であります。

 地域の代表や市町村職員などの地域づくり支援者は、活性化そのものの成果よりも、住民が書いた農村づくりのシナリオを、如何にしてうまく展開できたかと言うことに気を配ってい頂きたいと思います。

 うまく農村づくりを展開するためには、そのためのプロセス技法の習得とプロセスメイキングの技術、技能を身につけることが求められます。ただ、技術や技能の習得はあくまでも手段であって、最も大切なのは、どういう意識で地域と接していくのかということ、つまり「心得」が重要です。

 農村内部に住んでいると、どうしても内部の人間として地域を見てしまい、住民の一人として地域の行く末に心を走らせてしまいがちです。それは致し方の無いことでありますが、プロセスメーカーの役割を担う支援者は、常に外部者としての意識も持ち、冷静に現状を分析しながら、農村づくりに携わる必要があります。時々、地域リーダーの中に、住民の目を持ちながら、外部者としての目も持っている優秀な方がいらっしゃいますが、そういう地区はレベルの高い農村づくりを進めていらっしゃいます。

 もし、農村づくりを推進している地域のリーダーの方で、「なかなかうまく農村づくりが進まないなぁ」と思った時は、自分の思い入れが激しすぎないか、プロセスを分析しながら進めることができず、無理やり目的に向かってしまっていないか、再度見直してください。あなたの思い入れが、住民の思いと一致している時はうまく進んでいるように見えますが、一度崩れると、農村づくりは滞ってしまうでしょう。

 さて、それでは、今回は、プロセスメーカーが常に持っておくべき5つの心得を、以下に紹介していきましょう。

(1)夢と現実の架け橋

 農村づくりのプロセスを作成する場合に、プロセスメーカーが最も大切にすべきことは、「夢を追うプロセス」と「現実を追うプロセス」のバランスづくりです。私は、いろいろとこれまで農村づくりを手掛けてきて、この「夢」というものの位置づけが最も大切なのじゃないだろうかと思っていますので、一番最初にこのことに触れます。

 プロセスメーカーは、多くの個人の欲求を農村づくりへと繋ぐものとして、先ず、夢を追いかけることができるような状態をつくる必要があります。夢を住民に与えるのではなく、住民が地域に夢を持つことを勧め、夢に向かうことが農村づくりにおいて如何に大切かを説く必要があります。もちろん、それは、次世代を担う子供たちも含めて説いていかなければならないでしょう。

 この中では、現実的な欲求充足の話をせず、真に、この地域がどうあってほしいかだけを、冷静に話せるような場がなければなりません。「リーダーがいないからできない」、「金がないからできない」、「地域資源がないからできない」等と言った具体的な現実問題を排除し、できない事でも良いので、夢をお互いに出しあう場を持つことが必要です。ただ重要なことは、これで終わってはいけないと言うことです。

 夢を夢のままにしておくことも大切ではありますが、夢はあくまでも夢であり、次に重要なのは、この夢を現実に変換していくことです。なぜなら、住民は夢だけで暮らしている訳では無いからです。夢が大きくなりすぎると、必ず現実とのギャップに気づき、夢が萎んでしまいます。よく言われる、計画が「絵に描いた餅」にならないようにすることが必要です。

 夢を描きながら、具体的な部分を現実化していく適正なバランスを持つことが、理想的な形となるでしょう。プロセスメーカーは夢を持つことの素晴らしさを住民に解くと同時に、現実の問題を解決する流れを作れるようプロセスを組まなければなりません。

(2)科学せよ!

 プロセスメーカーは、プロセスを展開するために、的確でタイムリーな情報を、住民に提供することが必要です。前述したように、プロセスメーカーは農村づくりのシナリオライターではありません。シナリオライターは住民であり、プロセスメーカーは、シナリオライターが展開する農村づくりの場面をうまく、次の場面へ進行させていくのが役割です。

 しかし、何の法則も持たずに、感だけにたよってプロセスを進行させようとすると、各所に無理が生じます。なぜなら、住民がプロセスの進行に納得できていないからです。住民はプロセスの何に納得するのでしょうか。それは「適正な情報の蓄積」です。情報のないプロセスメイキングは、目標無く走りつづけるのと同じで、インセンティブが働きません。

 我々は、「科学的にみて・・・だから、そこを起点に考えてみましょう」 (別に、「科学的にみて」と言う言葉を住民に対して使うわけではない)と言う説得ができなければならないのです。もちろん科学的根拠を示せば事が済む訳ではありませんが、科学的な裏づけが大きな説得力を生むことは確実です。また、ここで言っている科学とは、決して自然科学だけではなく、人文・社会科学も対象となるでしょう。

 今、住民が、水路に生えている葦を刈るべきか刈らざるべきか討論しています。「景観的には良くないので全て刈りたい」、「水路の送水を妨害するので刈りたい」、「生き物が住みやすいように一部残しても良いのではないか」、「子どもの遊び場にもなっているので残したい」、「管理が大変だからバックホーで一掃したい」と様々です。この問題を解決するには、生態系の専門的知識と景観の専門的知識、さらに水質の専門的知識、雑草の専門的知識、水路の専門的知識が総合的に必要になります。水路の状態が過去どうであったのかから始める場合は、文化・歴史の専門的知識も必要となるかもしれない。

 当然、事象は多岐に関係していますから、一つの評価軸、例えば「景観的には良くないから刈るのだ」と言うことの軸だけで決定することは、かえって問題を生じる可能性がでてきます。ここで必要なことは、多方面から情報を集め、納得のいく科学的根拠やその重みを住民に提供できるプロセスを持つことです。もちろん、科学がすべてを解決することはありませんから、それでも的確な情報が出せるかどうかは定かではありません。また、すべての情報が集まったからと言って、それがすべて住民に受け入れられるかと言えばそうでもありません。

 今、プロセスメーカーが準備し、住民に与えるべき情報は少なくとも、誰でもがわかりやすいものであるべきであり、わからなければ、それをうまく伝えていかなければなりません。科学技術コミュニケーションの能力も必要となります。また、一人ですべての情報を得ることは不可能ですし、すべての情報をそのまま住民に与えても情報が反乱し、かえって分かりにくくなるでしょう。情報を科学的に整理し、わかりやすく説明することが与えられた役割となります。

 プロセスメーカーは科学に強くなくてはなりません。新しい科学情報に精通しているべきですし、また、社会の動きにも興味を持たなければならないでしょう。

(3)思いは誠意で

 プロセスメーカーが心得なければならないもう一つの大切なこと、それは地域の社会や環境のあり方に対しての自分なりの考えを持つことです。

 プロセスメーカー自らが「美しい農村景観とはなんだろう」、「地域らしさとはなんだろう」、「過疎化・高齢化を打破するにはどうしたら良いのだろう」と言う命題に、常に自問自答していることが必要です。最終的には、住民の合意が地域を形成していくのですが、住民の意のままに動いていくことがプロセスメーカーの務めではありません。いつも住民とは一歩離れたところにいながら、自分なりの地域の将来像をイメージしておくことが大切なのです。

 しかも、自分が持っている地域の将来像は、常に、住民に理解してもらうように努めることが重要です。そこで、プロセスメーカーに必要となるのは、住民に対する誠意です。自分の考え方や持っている情報を住民に理解してもらうのに、無理に価値観を植えつけようとしたり、これが絶対正しいと言うような科学的根拠を押しつけてはいけません。しかし、地域のあり方に対して自分なりの答えの無い者に、地域住民は聞く耳を持たないでしょう。

(4)黒子からグレ子へ

 行政機関や研究者を、農村づくりのオブザーバー役として位置づけることがよくあります。オブザーバーとは、観察者のことであり、傍聴し、意見は述べることはできますが、議決権はありません。議決権がないことに関してはなんの問題もありません。前述したように、住民がシナリオライターであるのだから当然のことです。そして、住民がシナリオライターであり、タレントであるのだから、当然、オブザーバーは「黒子」となるはずです。しかし、プロセスメーカーは黒子で縁の下であれば良いかと言うと、そうではなく、私は「グレ子」ぐらいを目指すべきだと考えます。黒子は舞台にはいるのですが、舞台のタレントが映えるように、常に存在を消しています。「黒子」には「黒子」としての技術があります。私は技術の見える黒子、ちょっとは目立ちたい「黒子」のことを「グレ子(グレー色)」と呼びたい。

 プロセス技法を修得した「グレ子」がいなければ、シナリオ通りに各場面が移り変わってはいかないことを認識してもらうことが大切です。舞台の幕は「プロセス技術を修得したグレ子」が開ける。タレントの演出効果をあげる「照明」、「美術」、「小道具」もグレ子が用意することを誇りとすることが必要です。

 地域振興計画書や地域ビジョン等の裏にプロセスメーカーの名前や一言がまったく載らないのもよくないので、小さな文字で、最後の最後にちょこっと出でくる程度で、巻頭に、俺がやった等と言った具合に出てくるはよくありません。

(5)「遊び」は大切

 プロセス全体の流れは完璧であっても、メイキングされたプロセスをただ単に実行していけばシナリオがうまく進むと思ってはいけません。一つ一つのプロセスを次から次へとひっきりなしに進めていくと、急にパッタリと活動が動かなくなることもあります。

 プロセスの展開も決して問題があるとは思えないのに、動かなくなるのです。なぜなのか、これは簡単な話です。プロセスメーカーは、住民の農村づくりのシナリオを進めるためにプロセスメイキングをするのが仕事になりますが、住民は地域の社会生活の中で、地域づくりだけをやっているのではないからです。

 住民は個人的な悩みや家庭内での問題等、日々の生活において、山積された問題を抱えています。プロセスメーカーがプロセスを展開しようと躍起になって、地域づくりをやりましょうと言っても、そうはいかないのです。

 そこで、プロセスメーカーは、必ずプロセスメイキングの中に「遊び」の要素を盛り込み、ゆとりを持たせる必要があります。もちろん、メイキングに当たって、ここは遊び、ここはまじめ等と決めることではなく、一つ一つのプロセスにおいて、住民の状態を勘案して、いつでも気が抜ける準備をしておく必要があります。うまく地域活性化が行なわれている事例地域を見ると、厳しい中にも、いつもそこには楽しみや遊びがあるようです。

 義務化されたような地域づくり活動は、必ず、住民は離れていきます。プロセスメーカーは、『楽しくなければ地域づくりではない』ぐらいの心持ちでいましょう。

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。