Fukushima50を読んで

 東日本大震災から9年が経った。11日当日は、群馬県庁に用事があったので、車で出かけましたが、それ以外は、新型コロナウイルス感染対策に従って、最小限の外出で、スーパーに買い物に行くぐらいで、後は家に籠っています。

 この機会にと思って、福島第一原発事故がらみの書籍で、門田隆将の「死の淵を見た男-吉田昌郎と福島第一原発-」と、周木律の小説「Fukushima50」、あと少し古い書籍だが、黒木亮の「ザ・原発所長」を読んだ。

 これまで東日本大震災に伴う被災については、農工研時代に、研究者として、農業農村基盤の復旧・復興や原発事故による放射能の農地除染の問題に関わりを持ってきましたが、原発事故そのものについては、新聞や報道での断片的な情報は知っているものの、不勉強で、事故の収束に向けて、東京電力の原発施設に留まった当事者たちがどんな働きをしてきたのかをほとんど知りませんでした。

 どの書籍も、地震発生後、時々刻々と事情が変化し、最悪のシナリオに向かうのを阻止しようと、当事者たちが命を懸けた闘いをしていた事実が克明に描かれていて、また、その時の当事者たちの心の動きにも迫っており、その恐ろしさに身の震える思いでした。映画になるとどうしてもエンターテイメントが強くなってしまうのだろうけれど、所長・渡辺謙さん、当直長・佐藤浩市さんなら期待はできるので、映画の方も何れ観に行きたいと思います。

 これまで、断片的には得ていた情報は、やはり単なる情報であり、リアルにはならなかったが、こうして、人の心の動きに焦点を当てた経緯を知ったことで、ようやくリアリティが増し、少しはバーチャルな体現ができました。

 皆さんご存知のように、本の副題にもある吉田昌郎氏は、東日本大震災が発生した時の福島第一原発の所長で、事故の収束作業を指揮した現場の最高責任者ではありますが、平成20年、原子力設備管理部長時代に、地震調査研究推進本部が示した「貞観津波、明治・昭和の三陸津波のような大津波の発生の危険性」の指摘に対して、そのような津波が来るはずはないと主張し、上層部も了承し、建屋や重要機器への浸水を防ぐ策が講じられなかったという経緯もあるそうで、事故を招いた発端にも関わり、またそれによって受けた自然からの制裁に対しても闘った人です。

 書籍の中でも書かれていましたが、十円盤と呼ばれていた原子炉建屋やタービン建屋のある海抜10メートル高さの敷地まで津波が到達することは絶対ないという過信があったことはおそらくは事実と言って良いのでしょう。ただ、吉田所長が東電本社の海水注入中止命令を無視して、注水を続け、実はそれが事故拡大を押しとどめたことにもなる。

 私も元々は組織人であったので、本社命令無視が問題のあることは理解できるし、原子力災害対策特別措置法下の意思決定や命令系統はどうなっているのかと批判は簡単にできるが、本当のところ、どうあるべきだったかについての私として見解は、現場技術者に判断を委ねることも必要だろうと思っています。もしそれが間違いの判断だったとしても、現場には現場でしか分からない事情がある。現場とはそういうところだと思います。問題は、その現場の判断が、できる限りの科学的、社会的根拠を統合的に考えられたものか、心情に左右されてはいないか、それをできる人材であったのかということでしょう。

 吉田所長のリーダーシップはどうだったのでしょうか。原子力技術者としての誇りが支えていたとは思いますが、その誇りが過信となり、専門分野外の問題を統合化する力が失われていたのかもしれませんし、また、限界下での判断能力が低下していたのかもしれません。しかし、我々はまた、それを責めることもできないでしょう。それを含めたリーダーシップが委ねられていると思うからです。

 いつの時代も、意思の始まりは、当事者であり、現場を見てきた者、現場を指揮したリーダーの膨大な知識と自信と誇りにあると思います。

 吉田所長は、限界状態の中、死の淵に立って、技術者としての膨大な知識と自信と誇りを意思として伝え、その部下たちも、彼との絶大なる信頼関係の中で奮闘し、それぞれの現場で、それぞれの判断で命を懸けた行動をしました。まぎれもなく、吉田昌郎は日本を救った現場のリーダーなのだと思いました。

※久しぶりに前橋の群馬県庁へ行った。赤城山が雄大だ。

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