カセットテープ(1)

 今日は農村づくりについての古い話をさせてもらいます。約30年前に、カセットテープに録音した生々しい会話が残っていたので、テープ起こししてそのまま公開することにします。

 今回は、個人の会話をできるだけそのまま使いますので、県や集落名は伏せておきましょう。また、少し長いので、2回に分けて投稿することにします。会話文だけだと状況が伝えられないので、ところどころに説明を入れますが、事実だけを伝えますので、ここから何を感じるかは読者の皆さんにお任せします。

 これは中山間地域にあるA市B集落に、これから農村づくりを始めようじゃないかと、初めて普及員のKさんと入って、その集落の主立ち達と話した時のことです。

 集会所に集まった人数は6人。区長のIさん、前区長のDさん、会計のNさんとその奥さん(Hさん)、農事組合長のMさん、子供会会長のTさんだった。Nさんの奥さんは役員ではありませんでしたが、興味があるということで来てくれました。

 普及員さんと区長さんの方で十分に打ち合わせができていたようで、自己紹介が終わるといきなり本題に入りました。

普及員K「お忙しいところ、えらいすみません。前言ってたように、今日は山本先生に来てもらいましたんで、色々と訊いていきましょう」

 私は区長さんから集落の現状説明があるのかと思っていましたが、住民の皆さんは言いたいことが一杯あったようです。待ってましたとばかりに、先ずは区長のIさんが問いかけてきました。

区長I「先生、わしらも今回のことは、まだどんな風にやって行けばええんかよう分かれへんのやけど、兎に角、景観の専門家の先生が来てくれるから、なんでも訊いたらええって言われたんで、待っとったんです。もう集落の中は観てもらったと思うんですけど、どう思いはりました?」

山本「上流にある池の堤に上がらせてもらって、集落の佇まい見させてもらいました。Kさんがこれを見とかんと話が始まりませんからと言われたんでね。確かにKさんが地域の自慢の景観ですと言われるようにすばらしい景観でした。谷あいに、小さいけども細長い棚田がずうっと下まで続いていてね。本当にのんびりしてええ景観ですね」

 まだ30歳前半、景観研究者としては駆け出しの頃で、先生と呼ばれるに値しないし、住民の皆さんとの会話には慣れていなかったが、まずまずの滑り出しかと思っていたら、いきなり区長Iさんに噛みつかれた。

区長I「わしらのんびりしてるからあかんのですわ!のんびりしてんのはええことありませんで」

山本「いやいや、景色がのんびりしてて農村らしい良いところですという意味です」

区長I「農村らしいって何ですん。景観がのんびりしてても、うちらの地域も農業も良うなりまへんやろ。それに、わしら毎日観てますよってに、そんなにええ景色やと思わしまへんし」

今度は、農事組合長のMさんが会話に参戦してきた。

農事組合長M「これぐらいの景色、どこでもあるやろし、それに、ここは交通の便悪いし、わざわざこの景観観に来たりはしませんで。ここはどん詰まりの何もないとこなんですわ」

普及員K「これから景観も考えながら、圃場整備もして、機械も入るようになって、そこにきれいな水があるし、この地域はこれからですよ。それに、よその人にきれいな景観や言われんでもええんと違いますか。自分らがええと思ったらそれが良い景観やし、自分たちが住みやすいとこになればそれで充分ですやろ」

 山本がタジタジになっているので、普及員のKさんがフォローに入ってくれた。

農事組合長M「でも、後継者もおらんようになるしね。僕とこも息子は大阪行って帰ってけえへん。これまでより良くなるとは思えへんのですわ。IさんとこもTさんとこもですやろ、後継者が決まってんのは、ここに集まった中でもNさんとこだけやで」

 まだ喋っていないNさんとTさんが加わり、交互に喋りだした。

会計N「バスも来んようなるしな」

子供会会長T「だいたい、特産が無いんやな。ウチらの集落は」

会計N「米はほんまに美味いんですわ。水が綺麗で豊富やし、なんと言っても朝晩の寒暖差が大きいからね。池の上の棚田のところなんか水の手当はないけど、おいしい米できますよ」

子供会会長T「でも、日本人は米食べんようなってきてるし、米価も下がる一方や。Nさんところでやってる万願寺(まんがんじ)とうがらしはあれはええんと違いますか」

会計N「最近はいろんなとこでやっとるからな。それこそのんびりしとる間に先越されとるんや。わしらとこで、ちょこっと作ったところで、どこで売んねんな」

農事組合長M「このA市は街中の開発ばっかりで、山あいの村には金ひとっつも出しよらんのですわ」

副区長D「とにかく、バスが来んようなんのは痛いわな」

 この後も、こんな会話の応酬がしばらく続き、僕はあまりにも途切れなく弾む会話に圧倒されて口を挟むことができなかった。そのうち、ようやく僕が会話に入れないことに区長のIさんが気づいてくれた。

区長I「わしらばっかり喋っとったらあかんやろ。山本先生に遠いところから来てもろうたんやから、話聞かんと。時間もったいないやんか。Kさん何してんの。しっかり采配してーや」

普及員K「すいません、すいません。ついつい力入ってもうて」

副区長D「まぁ、Kさんの生まれ故郷でもあるし、力入りますわな」普及員K「先生、どうですか?」

 僕は会話に圧倒されて、たいして何も考えていなかったが、とにかく思ったことを思いつくまま話してみるしかなかった。

<カセットテープ(2)に続く>

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