農業DXの『DX』はデラックスの略ではない

 農林水産省の『食料・農業・農村基本計画』においては、データ駆動型の農業経営により消費者ニーズに的確に対応した価値を創造・提供する農業への変革を進めるため、デジタル技術を活用した様々な取り組みを俯瞰し、その全容の理解を進めるための「農業DX構想」を取りまとめることとされているが、その取りまとめが、令和3年3月25日に公表されました。

 デジタル技術により産業や社会に大きな変革をもたらすことへの期待が大きいことは理解できます。菅内閣の眼玉の一つでもある『デジタル庁(仮)』もこの9月にも創設される見通しでありますし、ICT革命による新たな経済成長への道筋も見え、世の中はもっともっと暮らしやすくなるのだろうという錯覚に陥りますが、果たしてその実態は如何に。

 政府は、短期間で「デジタルトランスフォーメーション(DX)」といった言葉が社会に浸透したと言っていますが、それも何か怪しい。先日の土曜日、私自身が街頭でインタビューをして、若い人からお年寄りまで20人程度に「デジタルトランスフォーメーションって、知ってますか」と聞いたみたところ、驚くなかれ、誰も知らなかった。デジタルという名称が付いているので、かろうじて、「AIとかだろう」とか「ICTでしょ」と言う方はいたが、言葉自体が浸透していない。政府の見解はどのデータに基づくものなのだろうか。

 先ず、『DX』はデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)の略なのですが、そのことさえも分かっていない。デジタルトランスフォーメーションだから「DT」ではないのかと言っている時点で、私もすでに付いて行けていないということかもしれません。英語圏では接頭辞「Trans」を省略する際にXと表記するため、「Digital Transformation」⇒「DX」と表記しているらしいです。ICTにアンテナを張っているつもりでしたが、アンテナも相当錆び付いているみたいです。うまく農業DX構想の全容を掴めていませんでしたが、これをまとめてくれたので、ようやく少し中身が見えてきました。

 本文を紐解くと、先ずは現状分析がされている。実際に、データを活用した農業を行っている農業経営体は全体の2割以下であり、農地情報も分散しているため、データ活用による経営改善の取組促進や負担の軽減等が必要であるとの認識で、生産現場での社会実装を進めていること、農村地域においても、デジタル技術を活用した地域内外の交流促進のプラットフォームも生まれつつあり、期待されていること、流通・消費については、他分野ではかなり進んでいるが、農業分野は、物流の効率化・自動化がまだまだ遅れていることから、デジタル技術を活用して、川上から川下までデータでつなぎ、情報の共有を可能とすることも模索されていること、さらに、農林水産省が所管する法令に基づく行政手続や補助金・交付金は、現状では紙媒体による申請や手作業による審査が行われており、農林水産省共通申請サービス(eMAFF)によるオンライン化が急ピッチで進んでいること、更には、コロナ禍での新たな課題についても分析されている。そして、この分析に基づいて基本方針が立てられ、実現へ向けたプロジェクトが綺麗に整理されている。実に美しい行政文章です。

 いつもこれらの政策シナリオの類を見る度に思うことだが、政策のまとめとしては実によくできているのである。少子高齢化に伴って降りかかる農業分野への様々な問題をICTの活用によって、明るい未来、成長する産業へ展開しようという意欲も感じられるし、また、それを実現するための外堀となるインフラ整備を埋めて、情報共用化の流れ、大規模化による効率化を目指すための農地集積と集約化への取り組みも中間管理機構の努力により進み、戦略的である。見るからに、もうすぐ夢に手が届くかのように思えるのである。

 しかし、政策というのは、如何にモデル事業や社会実装によって、円滑に横展開すると言っても、それは、条件の揃ったところ、ちょっと嫌な言い方をすると、無理やり条件をそろえたところでの展開であり、そうそう、社会実装したモデルが横には伸びて行かないものなのです。もし、『DX』がそれほど夢を実現するものであるなら、社会実装した地区の隣の土地が数年後にはICT化されているものだが、現実にはそうはなっていない。DXを理解する人・集団、経営者、ICTを使いこなせる人・技術者、農業経営の規模と適正コスト、社会としてのバランス、地域社会と環境条件、インフラのレベル、様々なものが相まってようやく、理想の一つの形が「見える化」するに過ぎないからです。デラックス(DX)に見えるのはほんの一部に過ぎないのです。

 構想が悪い訳ではない。それを国民の理解促進に繋げていくのも悪い訳ではない。今回の構想では、参考資料として『食卓と農の風景2030』という短編小説風の冊子も準備してあり、難しいものを分かり易く国民に提供しています。私もこの手法は、かつてとある町の農業振興基本計画を策定するときに使って、「これからの皆さんの地域農業と暮らしはこういった方向をめざしますよ」ということを綴ったことがあり、それなりの評価を得ました。よりリアル感を持たせたイメージ形成を国民にしてもらうなら、ゲームなども組み込んで、理解を促進させる方法もあるのだろうが、これらの意思伝達の努力、たいへん嬉しいものではありますが、国民が求めている情報とはちょっと違う。国民は、もっと、庶民感覚の、うまく行かないこと、どうしたら失敗するのかのところ、今あるこの経営内でできるならどこまでなのかとか、お金ないけれどできることはあるのか、と言うところが欲しいのです。

 一番の関心事項であるコストの問題も、『これらの技術の導入は新たにコスト増の要因となるため、導入コストを抑える不断の努力を行うとともに、様々な工夫によって、導入コストをカバーした上で利益を確保できるだけの付加価値を実現する必要がある。』と記載されているだけで、経営規模とコストの問題、技術レベルとコストの問題には触れてくれていない。今の構想は、分かっている人だけ、経営感覚のある人だけついて来いという感じになってしまっています。資本主義社会において、産業の経済成長を求めると、どうしてもそうなってしまい、そんな些末な課題に、いちいち政府が政策として対応する訳ないと言ってしまえばそこまで。庶民としては、「日本の行く末も大事だが、もうちょっとこっちにも降りて来いよ」と言いたくなるのである。

 私は、デジタル社会を否定している訳でもなければ、農業DXの推進に歯止めをかけようと思っている訳ではありません。どんどん進めればよい。明るい日本農業の未来のために。でも、明るくなくても、デラックスでなくても良いから、その明るさに向かおうとするひとり一人の暮らしから模索される政策で以って、未来をデラックスにしてもらいたいと思うだけです。

※アイキャッチの写真は『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』にも選ばれた、国営ひたち海浜公園のネモフィラです。時期の問題もありますが、素人が撮影すると絶景にならないのが悲しい。本当は、丘一面がネモフィラ色に染まるのです。

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