人流は減っている

 緊急事態宣言以降、人流は減っているということだ。

 7月27日、記者の「感染者数が増える中で五輪を続けても大丈夫か」という質問に対し、菅総理は「人流も減っていますし、そこはありません」と述べた。更に、「車の制限やテレワークなど、みなさんのおかげで人流は減少している。そうした心配はない」という説明だ。当然、この回答には誰もが疑問を持つので、その根拠を求めるが、総理の返答も曖昧だし、29日の参議院内閣委員会での西村大臣の回答も根拠が薄いまま、減っていることは事実であるとしか述べない。

 オリンピック関係者のバブル方式と国内の感染拡大問題を一つにして考えるか、別に考えるかの問題もあるので、記者の質問も中途半端ではあるが、今回はそれはさておき、人流の減少を焦点に考え、データと真実の読み違えについてお話することにしよう。

 おそらく、人流減少の根拠となっているのは、厚生労働省の第45回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年7月28日)での、東京都医学総合研究所の西田先生の資料だろう。確かにこの資料によると、以下の表のように、東京のレジャー目的対流人口減少率を見ると、3回目の4/25の緊急事態宣言時の40.7%と比較すると、そうとう減少率は低いものの、それでも、宣言直前の週と比較して、15.8%は減少している。

 更に、この人流データの前提条件を追ってみると、データは、NTTドコモが提供するアプリケーションサービス「ドコモ地図ナビ」のオートGPS機能利用者より、許諾を得た上で送信される携帯電話の位置情報を、NTTドコモが総体的かつ統計的に加工を行ったデータを使用しており、その上で、GPS移動パターンから職場と自宅の場所を推定した後,職場・自宅以外の15分以上の滞留をレジャー目的としてカウントしたらしい。

 その道のプロが国家施策の決定に関わるデータの分析を提供している訳だし、この分析方法は、様々な専門的な研究を経て確立されたものであると思う。だから、そのデータを根拠に、感染抑止に効果があるかないかは別として、事実として「人流は減っている」と言ったのは間違いとは言えないのだろう。

 しかし、この政府の回答に反発する野党議員達も、疑問に感じる私のような一国民も、本当に聞きたいのは、人流が減少しているという事実でも、増加しているという根拠でもなく、「現在の方策が本当に効果があるのかどうかを分析するのに、このデータが有効な指標となっているのか否か」ではなかろうか。

 如何に国民が慣れ切っていたとしても、宣言を出した分、いくらか人流が減るのは、当然だろう。しかし、だからと言って、このデータを事実だと突っぱねられても、欲しい回答ではないため、誤ったメッセージとしか捉えられないと思う。このデータ以外に増加を示唆するデータもいくらでもあるのに、なぜにこのデータに固執しているのだろうか。

 人流が減っている以上にデルタ株の感染力が上がっているので、人流は減っても、この程度では感染数は減らないということなのかもしれないが、いずれにせよ、「人流が減少している」という回答ではなく、効果が出る対策かどうかについて回答してもらわないといけない。「感染者数が増える中で五輪を続けても大丈夫か」という質問をしているので、「人流も減っていますし、そこはありません」では、人流以外の要因はまったく無視されていて、人流の増減=感染者数の増減かのように解釈され、回答になっていない。にも関わらず、総理が勝ち誇ったように”事実ですから、それが何か”という言い方が、国民をバカにしているように感じて仕方がない。

 データというのは、それが正しいと信じ込んでしまうと、そこから、疑問を以って考え直すのは非常に難しい。データのとり方そのものや前提条件が違っていたということになれば、最初から分析はやり直しとなるが、そんなことはしたくないので、無理に意味付けようとして、間違った分析に繋がる場合もあります。

 農村づくりの推進においても、農村の社会・環境に関するデータの収集はとても大切です。集めたデータが間違っていると、分析結果が変わる訳ですし、必要なデータが取れていない場合は、分析さえできない。そうなると、将来の方向性を見誤ることもあるのです。

 以前、とある集落で、大人たちだけで集落環境点検のワークショップをしていた時に、この地域の子供たちは、いつも○○神社境内で遊んでいる。他では遊ぶところはないと言って、地図の上のその周辺を丸で囲って「子供たちの遊び場」と付箋を貼った。ワークショップに参加していた多くの大人たちは、そのデータをまったく疑っていなかったため、子供たちの遊び場整備や安全対策も、○○神社境内周辺を中心に計画していた。しかし、しばらくしてから、子供たちを集めて同じようなワークショップをして、「日頃どこで遊んでいるか」と聞いたところ、子供たちはまったく異なる場所に丸を付けた。整備前に事実が明らかとなったので良かったが、もう少しで、無駄な投資をするところであった。

 このデータの取扱いの問題は、大人たちが、自分たちが昔遊んだ場所が今でも子供たちが遊んでいる場所だと決めつけ、誰一人として、それが自分たちの記憶でしかないと疑問を持たずに計画を始めたことです。また、地図上に場所が綺麗に丸で囲まれたことで、まるでそれが事実であるかのように感じてしまったことです。

 何を目的としてそのデータを取っているのか、回答を導き出すためにはそのデータしかないのか。よく考えて、データを読み取らなければ、人流の例のように、真実を読み間違えるのではなく、ちぐはぐな方向に真実を理解することになりかねない。

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