いぶりがっこ

 今日、私が言いたいことは、「菌に負けない生産・消費スタイルが食文化を救う」ということです。その論拠となるデータは弱いのですが、この考えに対する想いが強く、敢えて言い切らせてもらいました。

 12月5日の朝日新聞の一面に『いぶりがっこ 相次ぐ「撤退」』という見出しがありました。「いぶりがっこ」が大好きな私としては、聞き捨てならんと読み進めていくと、食品衛生法の改正による製造販売への規制強化のため、いぶりがっこの製造事業者が岐路に立たされていると言う内容でした。

 早速、厚生労働省のホームページを開き、専門外ではありますがペラペラと見ていくと、なんと、昨年施行された「食品衛生法等の一部を改正する法律」の「営業許可制度」の見直しと「営業届出制度」の創設という項目に、新たに6つの業種が追加され、その中に「漬物製造業」が入っていました。

 これによって、漬物事業者は衛生的な給排水施設の整備やHACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の実施状況の情報管理・保存が義務付けられることになるのですが、営業許可を取得したい農家としては整備に投資が必要となるし、労力もかかります。「いぶりがっこ」は、高齢農家の副業も多いのではないかと思うので、小さな事業者(生産者)は、投資と手間に見合う収益がそれなりになければ辞めざるを得なくなります。本当にそんなことで良いのでしょうか。ちょっと違うような気がするのです。

 漬物というものは全般的にそうですが、作る人の塩加減、漬け方、温度管理によって、味はかなり違ってきます。浅漬けでさえ、工場で大量に作ってスーパーに並んでいるものと道の駅なんかに田舎臭く袋に詰められ置かれたものとは全然違い、また、私の好きな漬物を妻は嫌いだったりして、作る方も食べる方も多様な嗜好を持つことによって『漬物文化』というものが拡大し、継承されていきます。更に、家庭では、糠床を母から娘や嫁に繋いでいくということで、独特の家族の味も守られていきます。規制によって多様な『漬物文化』の継承を閉ざすようなことがあってはなりません。「いぶりがっこ」も然りです。

 約40年前のことですが、背負子を背負って野菜や漬物を東京へ売りに行く農家のおばちゃんと親しくなりました。彼女たちは「カツギ屋」とか「カラス部隊」なんて呼ばれていましたが、あの頃の朝の通勤ラッシュ後の常磐線は牛久駅あたりからおばちゃんがたくさん乗ってきて、ワイワイとにぎやかでした。白菜とかキャベツなんかは嵩があるので、積み荷には自家製こんにゃくだとか漬物、つくだ煮、餅菓子が多かったように記憶しています。私はその中の一人、えっちゃん(悦子おばちゃん)から瓜のてっぽう漬を買って、それ以来、その味の虜になりました。粗雑だが、厭味が無く、香り深く、その味は忘れられず、私は「悦ちゃん漬け」と呼んでいましたが、問題は、「悦ちゃん漬け」が何なのかということです。おそらくは、衛生管理も何にもされていないもので、菌も増殖していて、今なら売ってはいけないものなのでしょうが、だからこそ他では出せない味だったようにも思います。雑味を感じることもありましたが、おばちゃんが「今回はうまく漬からなかったへぇ。うんまくねえべぇ」と照れながら笑う姿を含めて丸ごと買っていたように思います。

 千個以上作って、販売ルートに乗せるっていうなら、食中毒防止上、一定の衛生管理は必要だと思いますが、たかだか百個程度の漬物を売るのに、整備だ、管理だ、許可だと必要なのだろうか。そんなに食中毒は増えているのだろうか。 食中毒の発生件数を厚生労働省の統計から調べてみると、下の図のように平成10年を境に減少し、ここ数年は減少傾向にあります。HACCPに基づく衛生管理は義務としても、これ以上に件数を削減する必要はあるのだろうか。菌は人間の友人であるはずで、彼らの居場所だって認めてやらねばなるまい。

 日本人は元々、衛星管理への意識が高い。悦ちゃんだって、トイレへ行って手も洗わず瓜の種取りをやったりはしていないし、意識して家の味よりは塩分多めに作っている。勝手に売っているものではあったが、自分なりの衛生マニュアルは頭にあって、食中毒にならないように気を付けていたはずです。 法律はどうしてこうも一括り一縛りをするのだろうか。

 私も食中毒になって、苦しんだことはあります。食中毒で亡くなる方もいらっしゃることも知っていますが、あまりに無菌に拘り過ぎると、必要な菌まで滅菌してしまったり、免疫力が低下したり、アレルギー性疾患を引き起こす原因になるとも言われています。

 国としては、より安全側に規制をしたいのでしょうが、無菌、除菌、抗菌の一律的なやり方そのものを考え直し、菌に対する安全安心の選択が、生産者と消費者の信頼関係の中で行われても良いと思います。消費者と生産者の関係が密接であるなら販売を認め、消費者自身も菌に強い身体を持ち、食品の安全性を見抜く能力も鍛えないといけない。こういった生産・消費スタイルと食文化の伝承は一体で守っていくことが大切ではないでしょうか。

 私は、『悦ちゃん漬け』が少々腐っていても、「えっちゃん、これ少し酸っぱくない?」とか言いながら食べちゃいますけどね。

※菌の増殖で腐敗は進むのだから、腐敗臭は感じることができるのではないかと思うが、実際には、人の食品の安全性を見抜く能力はかなり低いだろう。「酸っぱくなっている」のは相当ひどい状態だ。

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。