TSMC

 去る2月9日、坂本農林水産大臣が定例の記者会見で、熊本県菊陽町へのTSMCの進出に伴う農地減少に対する対応について記者に問われ、開口一番「TSMCが日本での大きな追加投資を決断したことは歓迎したいと思います」と答えた。更に大臣は、「工場の誘致に伴って、道路、上下水道等のインフラ整備に加え、土地利用の調整といった課題も生ずるので、地元の声をしっかり聞きながら対応していきたい」とおっしゃったが、これ、農業を守る大臣の回答として相応しいのだろうか?大臣は先月、TSMCの第2工場の建設についても、正式発表の前に口をすべらしてしまい、問題となっていましたが、この日は堂々と、第2工場が自身の選挙区に建設されることを熱烈歓迎しました。

 TSMCとは台湾セミ・コンダクトリー・マニファクチャリング・カンパニーの略称で、半導体製造の受注生産の大企業ですが、この会社がソニーとタッグを組んで、これまでに菊陽町に工場を誘致してきた訳で、第1工場についてはこの2月下旬にも開所式となる運びです。その第2工場の建設が決まったというのだから、地元は益々活性化していくだろう。だから大臣の発言どこも悪くないのではないかと言ってあげたいところですが、いくら、半導体日本戦略のこれまでの失敗を取り返し、かつて一位であった日本の半導体産業の威信を復活させたいとは言え、農業サイドからはそれほど単純には喜んではいけない気がします。

 皆さんご存知のように、半導体工場というのは、とにかくたくさん水を使う産業なのです。しかも純度の高い超純水が大量に必要となります。TSMCのCSRレポートでは、台湾の3つの科学工業団地では1日当たり19万トンの水が使われているとあります。近年水不足の台湾では、これ以上の拡大はなかなか望めないところに、日本側としては経済安全保障の観点から日本国内での需要を満したいという日本の利害が一致して、大自然阿蘇で育まれ、涵養されている良質な地下水を利用しようと言うことで、空港や高速道路へのアクセスも良好で、物流基盤としても価値の高い菊陽町が誘致の地としてターゲットとなった訳だと思います。

 しかし、この水のほとんどは農業が栄えることによって維持される多面的機能により涵養される地下水であり、田んぼから供給されるところが大きいことを忘れてはいけません。熊本地域の地下水涵養量は年間6億4000万トンとされ、そのうち3分の1を水田が担っているとされています。それが近年、田んぼが減少することで、供給が滞り、地下水位が低下しているのです。6億トンの中の数万トン程度を工場で使ったって大自然は受け止めてくれるだろう、さらに、企業もこの地下水涵養の仕組みを理解した上で、熊本の地下水保全条例の取水&涵養ルールの一体性に則り、地下水の取水をさせてもらう代償として、地下水涵養事業を行い、協力農家を探し、稲作を行っていない時期に川から田んぼに水を引いてもらう支援を進めていて、環境にも配慮しているから大丈夫と言いたいことは分かる。でも、やりましたと言う事実を作る程度で、ちょっと規模がせこい。

 半導体工場を作れば、水や大気が汚染される危険性はどうしてもぬぐえないので、本格稼働となると、継続的なモニタリングも必要となりますし、そもそも、本当に菊陽町に集中して良いのかという問題もあります。自然というものはこういった環境の変化を受け止める自浄力が確かにありますが、それは限界まで頼って良いというものではない。ほどほどのバランスで整っているが肝要であって、いつも余裕をもって見ておく必要があるはずです。田んぼの面積が減っただけでも確実に地下水位は落ちているぐらいだから、外的な要因がどんな結果を産むのかはしっかり科学してもらいたいものです。

 地元の経済は農業だけではないので、地域全体の経済活性としては総合的に捉えて、地元との話し合いにおいては、「工場ありせば・なかりせば」の環境と社会のシミュレーションをして、行政はしっかりとした科学的な知見も提供しながら、農・工の適正化を求めなければならないだろう。それはそれでしっかりとやってもらいたい。

 いやしかし、今日の本題はそこではありません。最初の大臣の言葉に戻って欲しいのです。これ、どう聞いても、工場誘致ありき側の言い方ですよね。工業誘致も農政としては必要な施策であり、一つの解であることは理解できますが、話す順番が違っていると思います。ようするに「言い方・・」って奴です。農地を守る、農業を継続していく上でいかなる課題があって、それをどう進めたいと農林水産省は考えているのかという回答をしてからの工場誘致は農村地域の発展の一つの形として有難いと回答するならまだ理解できるのですが、どう聞いても、「俺の選挙区に大企業呼んできてやったぞ!」感が強い。実際には彼が動いた訳では無かったとしても、それによって、如何に環境や農地に対して代替的補完措置が取られて、その機能が大いに発揮されたとしても、農地を取り壊し、農地の減少を招くことは否めない事実であるので、これを大臣が「農地の減少は由々しき問題である」感で接しないのは如何なものかと思うのです。更に、大臣は最後に「私のところにも様々な農業団体、農業者から、農地の減少というものを心配する声が届いています。我が省としては、熊本県と連携して、農家の方々が営農を継続できるよう、遊休農地の整備など必要な支援を検討してまいります」と言っているが、私は、ササっと言い流したこの言葉に、「えっ」と言葉を失いました。記者クラブの方々は何も反論していなかったですが、「遊休農地の整備などを支援」ってどういうことなのか。貸しはがししてでも有用な農地を工場に使ってもらい、農業は条件が悪かったから遊休にならざるを得なかった土地を整備してやるからそこに行って農業継続してくださいということなのか。一時はTPP反対で農政連の推薦を受けたこともある大臣の言葉とは思えません。

 農林水産大臣は他産業省庁からGDPの大小を言われて、喧嘩になっても、農業は日本の命だ、経済安全保障の上に食料安全保障があり、命の水を守ることに大きく貢献しているのは農業です。農業が生きての工業であると、『農業ファースト』の回答をしてくれないことにはなんとも心許ない。最近、私はこういうのが気になって仕方ないのですが、皆さんどうでしょう。単に私のボヤキだったら良いのですが。

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