法律でなんとかなるってもんじゃない

 日本農業新聞が、この6月に読者を対象に調査したところ、農林水産省が推進する『みどりの食料システム戦略』について、「名前も内容も知っている」と答えた割合はたったの32%であったということです。

 この結果をどうお受けとめかと、6月28日の定例会見で金子大臣に問い質したところ、「みどりの食料システム戦略の名前を知っている方は、昨年の4割から本年の3月に7割、6月に8割へと徐々に向上する結果となっているのは、非常に良かったと思っています」と答えた。まだ2割が名前も知らないことについて、「より周知に努める」とフォローしていましたが、7割が「内容を知らない」ことをどう考えるかという質問に対するはぐら回答は、いつものことなので、もう何も言うまい。第一次産業人口より多いからいいんじゃないのってか?

 選挙もあった訳だし、新聞にも頻出する訳ですから、時間が経てば、名前の認知ぐらい、数ポイント程度上がるのは当たり前で、問題は中身とその実現に向けた意欲ではないのか。

 令和2年の11月9日の「言わせてもらえば」のコーナーでも「みどりの食料システム」という表題で、前野上大臣が「我が国の食料・農林水産業の生産性向上と、持続性の両立をイノベーションで実現させるための新たな戦略」だと言った発言に対して、なんと実現性のない中途半端な計画を立てたのだと噛みつかせていただいたが、1年半過ぎても、農林水産省の本気は見えない。欧州の横に並びたいという格好の良いお題目だけだ。

 通称「みどりの食料システム法」、実際の法律名は「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律」ですが、これが7月1日施行となりました。形から入るのも大切なことではありますが、こと農業の環境負荷低減については、掲げた目標である、『2050年までに化学農薬使用量の50%低減、化学肥料使用量30%低減、有機農業の取組面積25%』に対してどんなアプローチをするかというところがしっかりしていないと、やっぱり、「甘いなぁ、やる気ないなぁ」としか感じとれない。前もダジャレましたが、こんな根拠のないアプローチを政府として掲げると、グレタ (グレタ・トゥーンベリ) さんがグレちゃうよと言うことになる。

 法律には、第7条から第 14 条までに国が講ずべき施策が列記されていて、食料システムについての生産者と消費者の理解の増進、技術の研究開発及び普及の促進、環境への負荷の低減に資する生産活動の転換、農林水産物等の流通の合理化、環境負荷低減の把握・評価手法の開発等が規定されていますが、その中身は無く、戦略は何かというと、結局はイノベーションありきで、泣く子も黙る「スマート農業」ということになる。ドローンによるピンポイント農薬散布も、AIなどを活用した病害虫の早期検出技術も、除草ロボットの普及も、やったら良い、どんどん技術開発し、普及したらよい。しかし、スマート農業の神頼みに固執してはいけないし、法律でなんとかなるってもんじゃない。

 考えてみれば、平成18年(2006)、有機農業の推進を目的に「有機農業推進法」が成立した。あの時、大きな展開があるのかと思いきや、なんだか静かで、未だに有機JAS認証を取得している農地面積はほとんど増えず、0.5%程度に留まっている。システム法で強化したからと言って、15年ほとんど進展しなかった目標が、あと30年で25%に達成するとは思えない。

 「イノベーション」とはそういうもので、いつか急に打破する技術が生まれるかも知れない。それを信じて待とうじゃないかと言われたら、返す言葉は無いが、スポーツや芸術じゃないのだから、計画目標のハードルを上げれば良いというものでもない。もっと地道に、日本の現状の問題点を細かく分析して、総合的に考えて今やれることを模索していくべきで、この過程こそが成果になるのではないのか。

 環境と農業は、どうしてもトレードオフ問題になる部分があります。きれいごとで多面的機能を前面に出しても、環境負荷軽減、食料安全保障、食品の安全性等のすべてがうまく行く方法はなかなか見つかりません。また、環境負荷軽減の問題は、もっとローカルで議論していくべきだと思うのですが、システム戦略には、どこにも地域性の議論がないように思います。国全体で効果を出そうとするからトレードオフに無理が生じる。環境は生産・生活の結果ではありますが、それ以上に社会の意識の結果であるはずです。

 兵庫県豊岡市のコウノトリの郷の取り組みは、無農薬無化学肥料によるコメ作りを目指して試行を繰り返し、コウノトリを育む農法を確立し、今に至っていますが、単に環境負荷低減だけを求めた訳では無く、それ以上に、コウノトリの郷公園を拠点として、市民の意識改革を地道に行った上に成り立っているものだと私は思います。何か一つのイノベーションが一つの成果を生むのではなく、地域社会の人と環境と農業の繋がりの意思全体が社会全体の持続性に繋がっていくのでしょう。顔の見えるローカル性があるからこそ、意思の統一が実を結ぶのです。

 『みどりの食料システム』、ふわふわ浮いてるドローンに期待をかけるより、地に足のついた『農村づくり』から再度見直した方が良くないでしょうか。

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