カスハラと一杯のもりそばと

 令和5年11月13日に「言わせてもらえば」のコーナーで『効き酒の会』というお話をさせていただきました。筒井先生と私の酒飲みにまつわるたいへんくだらない昔話でしたが、この内容、今になって考えてみると、昨今話題になっている『カスタマーハラスメント』の一種ではないかと思えてきました。昨年投稿した当時はこの用語を知らなかったのですが、調べてみると「カスタマーハラスメントとは、暴行・脅迫・暴言・不当な要求といった、顧客による著しい迷惑行為」とあるので、おそらくは「不当な要求」に当たるように思います。実はその後日談として、この二人が今度はつくば市内でもう一つ大きなカスハラをしていたことを思い出しましたので、もう30年も前の話とは言え、この際、告解室に入る気持ちで、事の成り行きを洗い浚い告白し、懺悔させていただきたいと思います。

 話は東京で飲んだ(『効き酒の会』の投稿をご覧ください)数日後のことです。先生は、飲みたい酒が思うように飲めなかったことをえらく怒っていました。結局は飲めたのだから良いのではないかと思うのですが、先生は納得いかないらしい。

「やっぱり、研究室で研究談義をしながら飲むのがいいなぁ」

 と、その日は私が用意していた北雪の一升瓶を飲み始めました。何か事件が起こるような予感はしていた夜でした。いつものように一時間、二時間と経ち、気がつけば北雪はすっかり無くなり、常備酒の雪中寒梅の飲みかけもたいらげ、さらにウイスキーの水割りにまで手を出していました。完全に酔っぱらってしまって、次に気づいた時には夜中の1時を回っていました。(以前にも弁解させてもらいましたが、今は研究室で酒を飲むなんてことは絶対にありません。)

 タクシーも来ない時間だし、先生と私の家は隣同士だったので、しかたなく真っ暗な夜道を6キロメートルほど歩いて帰ることにしました。研究所を出て、正門を左へ曲がると、車道とは縁石だけで仕分けられた歩道が続きます。しかも、高速道路にかかる橋を渡ると縁石もまばらです。家があるのはありますが、外灯が少ないので、この縁石がくせ者です。ちょっと油断すると縁石に躓きそうですが、千鳥足が丁度、縁石を避ける感じになります。ようやく大通りのコンビニがある交差点のところまでたどり着きました。今は居酒屋になっています。

「やまちゃん、やっぱり疲れるなぁ。腹も減ったし、コンビニで何か食って休んでいこう」

 ひたすら乾きものだけで酒を飲んでいたので、腹はかなり減っていました。二人そろって、コンビニのドアを開けると、そうとう遅い時間なのに、お姉さんの店員が二人レジにいます。その内の一人、ちょっと大柄な三十代後半かと思しき髪の長い五輪真弓風の方がニコッと挨拶をしました。

「いらっしゃいませ」

「はい、こんばんは」

 酔っぱらっているものだから、先生は、普通コンビニでは言わないだろう挨拶を返します。これが酔っぱらいの特徴です。私も酔っぱらっているのですが、家まで無事にたどり着かなければならないという緊張感もあり、少し醒めていたように思います。

「なんか食べよう。おにぎりかなぁ」

「そうですね。今からだとおにぎりぐらいですかね」

 そこで、先生はとんでもないものを見つけ、この後の大きな事件へと発展させてしまうのです。

「そうだ。そばもいいなぁ。割り小そば」

「あっ、ぼくもそばにします」

 店員さんがニコニコして対応していたのは、ほぼここまででした。

「ここで食べて良い?」

 と言って、店員が答えを返す前にというか、返さなかったが、先生は、お金を払って商品を受け取ると同時に、質問をすると同時に、オレンジのかごをひっくり返すと同時に、割り小そばの外側の袋を破ると、かごの上に腰を下ろして、いつ割り箸を割ったのかもわからないスピードで食べ始めた。もちろん、石ノ森正太郎の『サイボーグ009』の「島村ジョーの加速装置」を使った訳でも、安部公房の『1日240時間』の「神経加速剤アクセレチン」を飲んだ訳でもあるまいし、そんなことを同時にすることなんてできませんが、少なくとも私がもう片方のレジを済ましている間に、先生はレジの脇で、入り口に向かって座り、そばをすすり始めていたのです。先生はとにかく行動が早い。尊敬に値する。

 ここまで来ると、善悪とか行儀とかまったく考えません。客側の著しい迷惑行為である『カスタマーハラスメント』でしかありません。とにかくそばを食いたいという気持ちが何にも増して勝ってしまうのです。ちょっと良くないかなぁ、ちょっと行儀悪いかなぁと思うものの、先生がやっているのだから良いでしょってことで、私もその横に並んでオレンジかごを逆さに使う人となったのです。

「やまちゃん、うまいなぁ、これ。コンビニのそばもこうして食べるとうまいよ」

 こうして食べるというのはおそらく飲んだ後で食べるということだと思います。決してオレンジかごに座って食べるということではないはずです。

「確かにうまいですね」

 コンビニの五輪真弓さんは、そこまではあきれ顔で見ていましたが、それは、時間も遅くて、客も他にいなかったからで、客が他にいたり、昼間だったら、あきれ顔は妖怪人間ベラみたいになって、鞭で叩かれていたんじゃないかと思います。ここまででも、今の社会なら十分アウトなのですが、この当時『効く酒の会』の二人のカスハラ客はそれでは終わりません。酒がかなり効いていたということにしてもらいたいが、先生は10分もしないうちに、ススっとそばを全部食べ終わり、もう一度、

「これ、うまいよ」

 と、感心しながら、キョロキョロと周りを見て、あきれ顔の五輪真弓さんを見つけると、次の一言。

「おねえさん。そば湯ください」。

 私は、先生よりは酔っていなかったし、先生がそこまで酔っているとも思っていなかったので、冗談を言ったのだと思い、

「室長、ここそば屋とチャイますやん」

 と、いつもはあまり出ない大阪弁で返すと、あろうことか先生は放った。

「えっ、そば屋とちがうの」

 本当に酔っていたようです。おねえちゃんをからかうには面白いネタと言えますが、飲んだ後のそばのうまさに圧倒されて、本当に一瞬、そばやと間違えたようです。お姉さんは、あきれ顔から、この酔っぱらい達、始末に終えんと思ったのだろうか、我々を店においたまま、バックヤードへ入ってしまいました。

「そうか、そば屋じゃないのか」

「そりゃそうですよ」

「もう一杯食べたいのになぁ。今度はかけそばにしようか」

 陳列棚に天ぷらそばを見つけると、

「おねえさーん。これに湯入れて、卵割ってくれる」

 調子に乗り過ぎである。これは分かって言っている。そんなそば屋がどこにあるのか。私は、警察でも呼ばれるとまずいと思い。

「室長、帰りますよ」

 奥の方に引っ込んでいた店員さんに、

「ごめんなさい。酔っていますんで。勘弁してやって下さい」

 と、自分は卑怯な正義の人となって、そそくさと先生の背中を押して店を出たのです。 当時、『一杯のかけそば』という童話が流行っていましたが、こちらは、『一杯のもりそば』というカスハラお笑いコントになってしまいました。朝はちゃんとベッドで目覚めたが、本当に『二杯めのかけそば』が無かったかどうか記憶は定かでない。皆さん、カスハラはダメですよ。

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。