硬い話が続きましたので、今日は少し柔らかいお話をしてみようと思います。もう二十数年以上前の滋賀県のとある集落での話です。

 当時、全国の農村づくりを実践している地域を津々浦々巡って、その活動の中心人物などに聞き取りをして、農村づくりの考え方を訊いて回っていたのですが、その日は滋賀県の石積みの水路が美しく整備された鋳物で有名な集落の調査を行いました。滋賀県は農村環境整備では先進県で、国土庁のアメニティコンクールで優秀賞、県の「わが町を美しく」のコンクールでも金賞を取った高月町の雨森集落が有名で、前日にはここにも立ち寄り、活動の歴史の話を伺いました。

 それと比較すると、この集落はそこまで美しい水路景観という訳ではありませんでしたが、ある景観に出くわしたことをきっかけに、実に鮮明に記憶が残っています。

 調査は夕方近くになってしまいましたが、集落まで借りたレンタカーで進むと、集落の入り口となるところからその水路は始まっていました。道路は軽車両がようやく一台通り抜けられる間隔で二本の進入禁止のポールが立っており、私のレンタカーは結構大きかったので、集落沿いの道路の入り口前にあった駐車場に停めざるを得ませんでした。

 幅3メートルほどの水路の下流側に向かって、右岸側に幅2メートルほどしかないアスファルト道路が水路に沿って整備されており、なんと安全のための柵はありませんでした。軽四で通れたとしても下手な運転なら水路に落ちるのではと思うぐらいの狭さです。左岸側は水路に沿ってすぐに家屋が立ち並び、右は道路に沿って家屋が立ち並んだ、落ち着いた佇まいの集落でした。

 ふと見ると、道路の途中、入り口の車両止めから二、三十メートル入った辺りで、数人の子供たち、おそらく学校から帰ったばかりの子供たちなんでしょう。何やして遊んでいます。

 実は、気になったのは、石積み水路を従えた集落の景観ではなく、その細い路地で遊んでいる子供たちの景観でした。高学年が二人と低学年が四人ではないかと思いましたが、その遊びがたいへん懐かしい、今では誰もやっていないだろう、「はりつけ」ではありませんか。私は関西の出身ですが、「死刑」なんて呼んでいた遊びです。ご存知の方もいらっしゃるかと思います。家の屋根にボールを投げ上げて、屋根を転がってくるボールを名前を呼ばれた人が落とさないように捕り、落としたら他の人は逃げて、落とした人が「ストップ!」と掛け声を掛け、ボールをぶつけるというやつです。思い出しましたか。どうして「死刑」なんていうかと言うと、罰ゲームがボールを背中にみんなから当てられるからです。遊びの名前は凶悪ですが、実に単純で子供らしい怖さも兼ね備えた遊びである。私なんかは、小学校時代はどんくさい方で、結構「死刑」になっていたように思います。

 どうしてそんな狭いところで遊んでいるのだろうかと不思議でしたが、少し見ていると、実に面白い。うまく水路には落とさないし、自分たちも落ちないようにやっている。それでも、ボールを落とさないと意味の無い遊びなので、時々落とし、ボールも水路に落ちることがあります。ルールも変えていて、水路に落としたら、落とした人が即刻罰則となるようです。

 それほど流れは急ではなかったのですが、深さはそれなりにあるので、初めからボールを掬う網も用意しています。しかも、ボールが流れ始めると、なかなか網で掬うのは難しいようで、ボールには目もくれず、網を持って下流へいきなり走っていき、橋の下の水路に掛かっているスクリーンで待ち構えている。スクリーンに引っかかった濡れたボールで続けて遊ぶものだから罰ゲームとなった人の体操着の背中はボールの跡が黒くついていて、誰が下手なのか一目瞭然である。また、面白いことに、ボールを取りに行く人は自分に当てられるボールを取らないといけないという訳だから、とても理不尽だ。

 今なら、差別を助長するとか、いじめになるとか言って、問題になるのでしょうが、私が見る限り、いじめの「い」の字も感じない。実におおらかに遊んでいるのです。そのうち、暗くなってきたので、みんな「またな」って、声をかけあって帰って行った。どうして露地で遊んでいるのか。遊ぶ場所がなかったのか。いえいえ、その集落には最近できたばかりの立派な公園があるのです。

 その後、集落区長さんの家にお伺いし、話を訊く中で、この子供の遊びについても話題がでました。

 「子供らが遊ぶんで、集落道路の出入り口に進入禁止のポールを立てたんですわ。集落内の人はほとんど軽四ですんで、中の人は器用に運転して通ってますよ。親御さんの希望もあって、せっかく環境整備事業で公園作ったんやけど、小学校の低学年や幼稚園の児童は公園で遊んでますけど、年長の子はあきまへんわ。水路にボールが落ちて困る言うんで、公園の周りもフェンスで囲んだんですけどなぁ。「おもろない(楽しくない)」言うて、寄り付かんのですわ。ある日、子供らはなんで遊ばんねやろかと思うて、見てましたら、なんか不憫になってきましてね。籠の中の鳥みたいな感じですわ。考えてみたら、露地で遊んでたら、人の迷惑になることもあるんで、少し避けて待つとか、水路に落ちんようにするにはどうしたら良いかも考えるし、大体、米の稔り具合と水の流れとの関係も分かってきて、安全かどうかも自分らで考えよるし、たまに、ボールが誰かの家に入ったら、謝りにいかんとあきませんやろ。誰が謝りに行くのかとか、どこの家の人はよく怒るとか、集落の人の顔が否応なしにも見えて来るんですわ。籠の中の鳥はなんも知らんまま育ちますがな。これはあかんのんと違うかなぁと思うて、ウチの集落では露地遊びを推奨してるんですわ」

 考えない子供が増えているように思います。教育学者ではないので、その実態はよく分かりませんが、こういう社会と繋がりながら、考えて遊ぶというのは大事なことなんじゃないのかと思う今日この頃です。

(内容については、日記と記憶から思い起こして記載していますが、話し言葉は雰囲気です。)

※写真は「高月町雨森集落」の美しい集落の佇まいです。(話の地区ではありませんが、道路幅、水路幅は違うが雰囲気はこんな感じ)

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