大きくて小さい部屋

 私の農村づくりに関する恩師は、現在は、多面活動のリーダー研修などで全国を飛び回っているNPO法人『チーム田援』の代表、筒井義冨先生です。農村工学研究所で、筒井先生に9年間仕え、教えを受けました。「言わせてもらえば」のコーナーでは、今後、彼と一緒に調査した中で、教えて貰ったこともたくさん思い出して紹介していこうと思っていますが、今日は、その中から、「生活と空間との関係性」について彼から聞いたおもしろい話をしてみたいと思います。

 明日から盆に入る中で、久しぶりに実家に帰った時に、実家が新築されて、子供の時に暮らした勝手と違って居づらかったりする方、昔大きく見えた柱が案外細いことに気づく方もあるだろうと思っている内に、この話を思い出しました。

 ある時点での生活要求に対して、望ましい形で特定の空間が対応していたとします。簡単に言うと、自分のライフスタイルに見合った形で、家の中に自分の部屋なり、作業場なりの空間が設えられていたとしましょう。ところが、時が流れるにつれて生活要求自体が変化し、以前の生活要求に対応してセッティングされた空間との間に矛盾を来たすことはよくあることです。一番簡単なのは、成長に伴う机や家具の配置換えや、兄弟の部屋の交換だ。はじめは、何もせず、このままなんとか生活しようとし、ある程度はいろいろな仕掛けや慣れという努力によって対応していきますが、それが生理的に限界が来ると、変えざるを得なくなり、当然、現要求あるいは将来的に発生するであろう生活要求を事前に予知して、その要求に対応すべく次の空間を設えます。

 生活要求と空間とは、常にこうした関係の中にあると言えます。この間に発生する空間の設えの変更が、具体的には住み替え、増改築に当たります。住み替えもいずれ新築の問題が出てきます。

 さて、ここからが問題です。生活要求というものは、常に変化するものなのかという問題ですが、これに対し見方は二つあります。生活は社会の状況に応じて、必ず変化するものであるということも言えますし、一方では、社会が如何に変動しようが、生活は変化しないという見方もあります。

 我々の生活を注意深く見てみると、社会がいくら変動しても、ほとんど変化しない要求を少なからず見つけることができます。祭事等はその代表的な事例として挙げられます。特に神社、仏閣あるいは教会という空間を利用しての、そこでの要求は本質的には古今東西全く変化していないと言えます。まぁ、少々形態を変えることもありますが、教会で神に祈るというスタイルが無くなることは先ずありません。当然、それに伴った空間も変化しない。古い神社も古い教会も、老朽化に対応して修復して、形態はそのまま継承されても、生活要求上は何も問題となりません。したがって、どの時点であろうが、その要求に一度対応した空間がセッティングされると、未来永劫にわたって存在していくのです。

 要するに、変化する側面があり、変化しない側面があり、それぞれをそれなりに見極めなければなりません。変化する側面は正しくとらえてそれに対応しなければならないし、変化しない側面は変わらないなりに大切にしなければならないということになります。

 さて次に、これまでとは逆に空間の側から生活を捉えてみましょう。ある程度の期間、特定の空間での生活を続けると、その特定の空間に対して生活そのものが馴染んでくる状況が多々ある訳で、要するに空間によって生活は影響を受けていると言えます。生活との関わりの中に空間や環境がある訳ですが、意外に空間が生活を規制しているものであるらしいのです。

筒井先生がこんなことを教えてくれました。

「山形県のある農家で、旧母屋に中二階( 4畳半)があって、そこに35歳のその家の長男が住んでいたんだよな。10歳の小学生の頃から一部屋を与えられていたそうなんだけれど、これが総二階に建て替えとなったんだ。二階は相当広いため1/3は物置にして、残りの約30畳から40畳近い空間を、そのうちに結婚するであろう長男のために予備空間としたらしい。しかし、しばらくして新築へ行って、彼が与えられた空間をどのように使いこなしているか見たところ、30~40畳の空間の中に 4.5~6畳の空間を家具などで囲い込み、以前の空間に近い空間の広さで生活し始めていたんだよ。

※筒井氏が調査で描いた間取り(お借りします)

 この事例は、固定された空間での長期間に渡る生活(この場合は、4.5畳の生活が20年間もの長きに渡って続いた生活)は、住まい方まで性格づけられてしまうことを物語っていると思わないかい。極端な言い方をすれば、空間は、こうした生活様式から人格までも形成してしまうほど影響力を持っているってことなんだ」

 筒井先生は続けた。

 「同じような例は幾つかあるよ。例えば便所は日本古来からの尺モジュールで、一番経済的な空間として設えられてきた。一般的にはこのような空間で用を足してきたよね。でも、水洗あるいは洋便器が導入され始めると空間の絶対量が不足して、有効空間で1,000 mm×1,300mm程度が必要となってきた。ところが、大きければ良いであろうと10畳くらいの便所にし、真ん中便器を置くと、今度は広すぎて、出るものも出なくなる。これは、便所というものはこういう広さなんだという観念が、今までの経験の中で培われ、良きにつけ悪しきにつけしっかりと頭の中にインプットされているからなんだよ。このように、環境が生活を規制するという力を、うまく進歩・発展の方向に働かせるために、より良い空間や環境をセットすれば、それなりに生活も豊かになると言える。ただし、人間の生活が変化、発展していく過程では、全ての人が一様に変化する訳ではない。また、その変化、その動きに従っていればいいと言う訳でもない。生活のあるべき姿をそれなりにセットしなければならないということは結構難しいねぇ」

 そう言われてみれば、新幹線の多目的トイレは、広すぎて何か落ち着かないようにも思う。

※文頭の写真と記事は関係していません。

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