五感に訴える環境整備

 車でつくば市内を走っていると、先週あたりから、街中も綺麗に紅葉してきたみたいだ。筑波山の真っ赤に燃えるもみじや楓も美しいが、街中のイチョウやヤマボウシなどの並木道も捨てたもんじゃない。これらの紅葉を見ていると、私の師匠である筒井先生と出会った頃のことを思い出します。

 農村づくりについてもそうですが、景観の「ケ」の字も、環境の「カ」の字も分からなかったペーペーの私に、先生は、文献を紹介するでもなく、課題を与えるでもなく、只々、夜を徹して、ひたすら酒を飲み、雑談だけで、農村づくりの基本的な考えを教えてくださいました。今のようなコロナ禍だったらできていなかったかもしれない。

 先生だけの指導では少々物足りないぐらいなのが功を奏して、先生の配下にどっぷり填まることもなく、自分の考えを入れる余地も十分作っていただき、上司であってかつ同僚であるという、ほど良い関係性が保て、その後、とても素晴らしいコンビとなり、二人ともよく売れ、研究室も繁盛したと思っています。(只、当時の私たちを漫才コンビに例えるなら、先生がやすし師匠(やすしきよしの横山やすし)で私がシュウペイちゃん(ぺこぱ)ぐらいの差があるかもしれない。※シュウペイちゃんファンの方ごめんなさい)

 さて、今日の表題であります『五感に訴える環境整備』という言葉は、私の師匠である筒井義冨先生が、私との研究室での雑談の中で発したもので、その後、このキャッチフレーズがいろんなところで脚光を浴びるようになりましたが、これが生まれたのが昭和63年の深まった秋の一夜のことでした。

 私はそのころ、景観づくりの研究をしたいという思いが膨らんできていました。政策の方向も環境や景観や文化などの地域の個性を活かした環境整備の推進というようなことが求められ始めた時代でもありました。そんな中の雑談でした。

 雑談にはいろいろと前置きはありますし、派生した無駄話もたくさんあるのですが、長くなるので、重要な会話だけを取り出しますと、次のようになります。

 山本「景観って、見てくれでしょ。だって、風景を観るということじゃないですか」

 筒井「違うよ。景観っていうのは、見て、聴いて、香ってだよ。だって、紅葉の山の景観を考えてみろよ。やまちゃんは、紅葉の形と色だけ見て、いいなぁと思うか。赤ちゃんの手みたいな形にかわいらしさを感じて、真っ赤な色にしみじみと秋を感じて、枯れ葉の匂いだってするだろう。人は、赤に感じたのか、においに感じたのかどっちかわかんないだろう」

 当たり前と言えば当たり前なのだが、ちょっと複雑に考え始めた。

 筒井「当たり前のことだが、人は環境から得る五感に感じて環境を評価している。だから、五感をフルに感じるような、『五感に訴える環境整備』をやっていかねばならないんじゃ無いのか」

 先生から聞いた初めての学問的なフレーズでした。とりとめのない雑談からヒントを得た瞬間でした。これまでに、いくらかの学者が似たようなことは提唱してきたと思いますが、『五感に訴える環境整備』というキャッチフレーズをしっかり唱えたのは筒井先生が初めてではなかったのかと思います。

 山本「先生、それ良いですね。いけますよ。『五感に訴える環境整備』。景観研究も、どの感覚機能で評価しているのかを分解してとらえ、最後に統合すれば良いんですね」

 筒井「水辺の景観なら、川や水路の大きさやため池の形もあるだろうし、水の色もあるだろうけれど、せせらぎの音も聞こえる。水のにおいもあれば、その水を掬うことで冷たさを感じて、そして飲んでみてうまいと思う。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、そして味覚すべてを総合して景観としての評価をすることが重要だよ。今まで、視覚に捕らわれ過ぎていたんだよ。見た目はきれいな川だったとしても、流れている水もきれいだとしても、においがしていたらそれはやっぱり評価が落ちるよな」

 人は環境の中に生きているが、環境を何で捉えているのかというと、それは五感です。五感でとらえたすべての刺激が脳内で処理されて、経験知となるとともに、知識と相まって評価となる。私は、農村づくりにおいて重要な暮らしの知は「自然知」「伝承知」「身体知」であると常に申していますが、実はどの知を使うにも、研ぎ澄ました個人の知覚が必要となります。だから、ある人が五感で感じ取れて、「綺麗な花が咲いている」と知覚しても、感じることのできない人には、花が咲いていることにすら、気づけないということになります。

 農村づくりにおいて、『五感に訴える環境整備』を推進すべきだと言うのは、決して、五感への刺激が強い環境を創ろうというのではありません。みんなが五感で感じ取れる、感じ取りやすい空間を作っていく必要があるだろうと言う意味になります。五感が研ぎ澄まされれば、そして、五感が鍛えられれば、様々な環境の状態に気づけ、地域の課題も見えてくる訳です。

 若い時は、もみじの紅葉の色の美しさばかりを感じていましたが、最近は、落ち葉を踏んだ音に耳が反応するようになりました。わざわざ車から降りて、木の傍に立ってみる私でした。

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