こいのぼり

 ゴールデンウイークだというのに、コロナ過でどこにも行けない。「去年は、笠間焼見に行ったな」と息子に行ったら、「おやじ、あれは2年前だよ。昨年はどこにも行ってないよ」と言われました。スマホに保存された写真を遡ってみると、確かに笠間へ訪れた写真は一昨年のものでした。今年もこのまま閉じこもるしかないのかなと思いましたが、県内を少しドライブぐらいは良いだろうと、4日の日、買い物も兼ねて、県南の田植えの様子を見るため少し走ってみました。

 走っている内に、なんやら少し農村景観に違和感を持った。ここ数年いつもこの時期に農村の風景を見て感じていたことですが、今年もまたこの違和感だ。『こいのぼり』を目にしなくなったのです。今年は昨年よりも更に少なく感じました。

 毎年同様、「やっぱり少子化なんだなぁ」とは思いますが、農村部の大きなお屋敷で、高く大きく上がっていたあの『こいのぼり』はなかなか見当たらない。米価は下落、高齢化と、子や孫のためにこいのぼりを上げる元気も無くなっているのだろうか。また、農村の風景と言っても、今や新興住宅地もあるので、ベランダにこいのぼりがあってもおかしくないはずです。それもあまり見当たらない。そうかそうか、小さな子供がたくさん居たとしても、住宅事情でなかなか「こいのぼり」をあげられないのかもしれない。また、こどもの日用の菓子袋におまけについているこいのぼりは外に飾るにはあまりにも寂しいし、最近は屋内用で立派なのもあるということで、♪屋根より高いこいのぼり~♪ではないだけで、家の中ではテレビの脇にでも飾ってあって、♪テレビより高いこいのぼり~♪は、ちょっとゴロが悪いが、家の中にはあるのかと、納得しようとするが、腑に落ちません。

 こいのぼりが減っているのは、本当に、日本の少子化や高齢化のせい、それとも、文化を根強く守ってきた農家の減少が原因なのだろうか。こいのぼりの由来そのものは、武士の旗指物(はたさしもの)から始まり、武家で確立された「武者のぼり」の風習が江戸時代には商家にも広がり、街中で広がったもので、農業に発するものではありませんが、伝統文化の継承力は農村部の方が強いので、農家の減少も関係しているだろうということで、いろいろと調べてみました。

 先ず、出生率は平成17年に最低の1.26まで落ち込んだが、その後微増微減で、現在は1.36。子供人口は1500万人、10年前は1700万人なので、12%減。農業経営体数については、先日2020年農業センサスがまとまったばかりだが、5年前と比較して20%ほど減少している。これはこれで衝撃的な数字ですが、それにしても、「こいのぼり」の景観残存率とでも言おうか、風景の中に認識される数はおそらく半減以上しているのではないだろうか。となると、原因はもっと他にあるはずです。

 大きなこいのぼりを家々が競うように上げるというのは昔の話で、今では、見栄の張り合いが良くないということで、自粛要請がされている地域もあるらしい。コロナじゃあるまいし、どうしてそんなことを自粛されないといけないのか疑問に思う。家どうしが健全に競い合うのは文化を守り、地域コミュニティを継続させるためにも大切な風習であると思うのですが、それは古い考え方なのだろうか。そういうところでの競い合いが無いから、地域全体の意気も上がらないし、心の中に嫉妬心だけ根強く残っていて、別のところで違う形でストレスとして吐き出されるのではないのでしょうか。長い年月かけて定着したものは、時代が変わろうと、何か意味を持ってその行為はあると考えるべきです。

 見栄を競う必要はありませんが、より大きな鯉をあげてやろうと思うのは、単純に子供への親と家族の愛ではないですか。私も子供の頃、街中の小さな家に住んでいたので、いつもベランダの脇の屋根より低いこいのぼりでした。だから、農家の御宅の吹き流しまでついた大きなこいのぼりが空に舞う様には憧れましたが、別に卑屈になったりはしなかったし、親父もお袋も見栄張ってこいのぼりを買ったりはしなかった。山本家には山本家のこいのぼりであった。

 更に、文化を守るのはたいへん面倒なことです。こいのぼりはまだ面倒が少ない方で、五月人形とかお雛様飾りなんてなると、たいへんだ。1年間押し入れに黴たり錆びたりしないように置いておいて、それでも、そのちょっとした管理が面倒だし、狭い家の中で場所を取られるのも嫌だという人も多くなっていることは確かだ。

 伝承文化とは、子供にこいのぼりを見せることであって、競うことでも、それを管理することでもないという考え方もあるだろう。だから、市町村や商店街や自治会が代表となって、観光名所や地域住民の憩いの場に派手に飾ってやれば、伝統文化の継承にもなるし、農村づくりとしても良い取り組みと言えるでしょう。

 でも、違うのです。生活スタイルや社会の価値観が変わったと言ってしまえばそこまでですが、『こいのぼり』の文化的意義は、本来は家という単位で、親が子に対して、元気に育つことや立身出世を神様に願うもののはずです。敢えて手間をかけて、厳かに行うところに愛情は潜んでいるのではないでしょうか。そんな親子と家族の小さな愛情の機微を感じ取れる力を養えることが、子供たちに、地域を愛すること、地域住民と共に生きることの意味を感じさせ、共助の精神は定着するのです。ようするに、農村づくりの原点はここにあるのです。

 こいのぼりが上がらない農村景観は、なんとなく家族愛が薄くなった社会の象徴のように思えてしまう。自分の子供にどれだけできたのかと言われると心許ない。おそらくはできていない。今になって、そんな寂しさを感じてしまう私は、古くさい人間でかつ無責任なのでしょうか。

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