農地はゆっくり育つもの

 2022年度から2026年度までの5年間で、一度も水張りをしなかった水田は2027年度から「水田活用の直接支払交付金」の対象から外すとの政府の御触れが出たことで、農業現場では大混乱が起きています。ちょっと前の新聞に、今年度実際にこの厳格な運用に誠実に応えた農家の事例が載っていました。これまで転換作として大豆を植えていた農地にあぜ道を作って、用水路を引いて、水を引き直したが、農家は、こんなことを5年に一回やる意味はあるのだろうかと疑問を持っている。大豆に戻した時の収量、品質の低下も心配であるとのことだ。

 『令和4年度農林水産関係予算のポイント』(令和3年12月野村主計官)には、「令和4年度予算では、主食用米の中長期的な消費減少を踏まえ、米の需給安定を図るため『水田活用の直接支払交付金』による転作支援を措置。当該交付金について、輸出用米や高収益作物への作付転換を進めるべく、産地交付金による飼料用米等への転作支援の加算措置を原則廃止するとともに、今後5年間に一度も米の作付けを行わない農地を交付対象外とする等の見直しを実施。」と記している。

 財政逼迫の中、年間約3000億円の交付金を引っぺがし、みどりの食料システムやスマート農業対策の増分に補填する感じなのかもしれない。

 農地の性質というものは、元々簡単には変えられないものである。畑地にしたり、牧草地にしたりするならば、最低10年、いいとこ20年ぐらいは、その性質を維持し、土地の生産力向上に努める必要がある。農地は周辺生態系と一体的にあるもので、昆虫や雑草、菌や土壌微生物が微妙なピラミッドを築きながらゆっくりと育ち、安定するものであって、水を張る土地とそうでない土地はまったく違う生態系ピラミッドを持つ農地である。にも拘わらずそれを5年に一回逆転させるということは、生態系を撹乱し、生物多様性の保全を無視するものだし、農地として使うための手間と経費たるや尋常ではない。それに自然の不確定性が加わり、農地の生産力は常に不安定なまま年月を経ることになる。

 5年なんて短すぎることは当たり前で、どれほど科学技術が進んだとしても、その土地の生態系の落ち着くスピードを速めることはできないし、してはいけないことだ。それは、もし国が基盤整備の面倒をしっかりと見てくれて、例え完璧な地下水灌漑施設が整備されたとしても、本来やるべきことではない。農地のテロワール(風土、土地の個性のこと:言わせてもらえば2020.6.22投稿の「テロワール」を参照ください)は神の領域であるべきなのである。生き物が育つ世界とはそういうものだ。

 財政審議会のメンバーは農業というものを分かっていないとしか言いようがない。まるで、工場の生産ラインの機械の入れ替えみたいに見ている。2021年10月の財政審議会では、「交付金が大規模層に集中しているが、収益性の低い作物を補助金目当てに作っており、出口がない」、「高く売れるものを作り農家が自立していかなければ」と批判したが、大規模水田を活用した飼料用米、麦や大豆振興は自給率向上の上にも重要である。もし、麦や大豆の生産性の向上に努めない交付金目当てだけの生産者がいるなら、そこに歯止めをかけるべきで、駄目だろうなぁと思いながらも、お上の言う事だからと素直に従い、一所懸命やっている農家の想いを削いでどうするのか。そのソウルこそ政策に反映するのが政府と官僚の役割だろう。

 交付金削減の穴埋めはみどり戦略へ回すということで、農林水産省としては辻褄をあわせているようだか、端的に言えば、農水官僚が財務方に言い負けたということになる。大方毎年言い負けているだろうから慣れてしまったのかもしれない。農水官僚が悪い訳でもない。「農業とはこういうものだ」というソウルは受け付けない財務方の耳に問題がある。それでも、農水官僚も、生産者のソウルを抱えて、更に奮起して欲しいものだ。

 また、農林水産省はすぐに、「魅力的な産地づくり、高収益作物の導入・定着を支援します」と言うが、経済性ばかりを求めてどうするのだ。それが簡単にできるなら、今までの長い農政の中でやってきているはずだ。農業の場合の「儲かる」というのは、基盤整備、栽培体系、生産体制の3要素をバランスよく整えてそれに時間と労力をかけた時に出てくる地域毎の出力だ。規模拡大しても、大豆、麦、飼料作は、まだまだ交付金あって成立するほどしか3要素は整っていないのだ。

 交付金の額を見ると、そりゃぁ、国民、消費者からしたら、なんだか農家ばかり守られてと思うかもしれないが、気象変動におけるリスクを抱えながら、世界情勢にもみくちゃにされながらも、小さな国土をフルに活用して、日本独自の農業体系を守るためには、農家による農業と農地との地道で長い付き合いを支援するための適正で安定した補助施策がまだまだ必要なのである。自由でない農業と農地の代償は国の責任であるし、国が責任を持つからこそ国民は守られているのだと私は思いたい。

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