オーバーツーリズム

 観光地の限定された地域内に許容できないほどの観光客が押し寄せ、観光資源や観光コンテンツの質が悪化するだけでなく、その地域に暮らす住民の生活の質も低下する『オーバーツーリズム』という現象が全世界で発生しています。これらの現象は、経済活動が多様化・活発化し、アジア周辺諸国の富裕層、中間層の人口が増えたこと、海外渡航の規制が緩和され、旅行価格も手頃になったこと、ICTやAIの利用により言語ハードルが低くなったこと等によるインバウンド人口の増加が大きく影響しています。日本でも、訪日外国人が急増し、東京、京都、鎌倉などの観光地では、観光客による混雑やマナー違反の増加が問題となっています。国内外から年間5000万人以上が訪れる京都では、観光客によるバスの混雑やごみのポイ捨て、民泊の増加による騒音などが問題となっており、住民の日常生活に支障が出ています。

 観光産業としては、コロナ禍で苦しんだ期間も長く、観光客が増えることで経済的に活性化することは有難いことなのだろうけれど、「儲かった、儲かった」と手放しでは喜べません。インターネットの進展により、観光客間の情報網は広がり、それに対応した多様な観光コンテンツが求められるため、今まで誰も行かなかった、または注目されなかったところにも人が移動するようになります。今まで繁盛していたところは急に閑古鳥が鳴き、ドラマのロケ地やアニメの背景に一度使われただけで別の地域が聖地化されて急に混雑したりするので、受け入れ側はその対応に困難することとなります。年間平均的に観光客が来てくれるなら、従業員の雇用計画も立てられるし、土産物の生産・仕入れも調整できますが、毎年のブームの波が大きいと、なかなかついて行けない。更に近年は、温暖化に伴う気象予測の複雑化に伴い、突発的な人の移動(どたキャンや飛び込み)も考慮しなければならず、長期的にも短期的にも経営計画はかなり難しい。

 観光客を受け入れる側は、できるだけ高い質のサービスを客に提供して、リピート率を上げ、安定した顧客確保にも繋げたいだろう。しかし、客が多くなれば質は下がってしまい、それは、観光地全体の評価の低下にも繋がります。質が下がる程度であればまだ良い方で、場合によっては事故の発生や質の回復が困難になるケースも出てきています。

 また、観光客を受け入れる側は、観光資源やコンテンツに過度に頼ってしまっている場合も多い。質を守りたいところであるが、観光客がいる内は、「儲かる時に儲けておかないと」と、限界またはそれを超えた受け入れに対応しようとする。そのための整備も必要となるが、そこに予測の難しい浮き沈みが加わるため、今度は過剰投資となり、経営悪化に繋がることもある。更に、オーバーツーリズム自体は、観光地側の制御範囲を超えて、質もへったくれも無く、受け入れ限界を超えて押し寄せてくる場合もあり、手に負えない問題となる。

 こういった現状を政府も重要な問題として受け止めています。去る10月18日には、総理大臣官邸で「観光立国推進閣僚会議」が開かれました。ここでまとめられたオーバーツーリズムの未然防止・抑制のための緊急対策を見るところでは、対策は「集中対策」と「分散対策」からなり、「集中対策」としては、観光客の集中による過度の混雑やマナー違反への対応、交通手段や観光インフラの充実を通じた受入れ環境の整備・増強、統一ピクトグラムなどを通じたマナー違反の防止・抑止などを強力に支援していくこと。そして、「分散対策」としては、地方部の11モデル地域の高付加価値化のための支援、全国各地の特別な体験や期間限定の取組と世界への発信により地方部の観光地の魅力向上などを通じた地方部への誘客促進を進めていくこと、特に富士山を始めとする人気の観光地の入域管理や混雑運賃などによる需要の適切な管理、混雑の可視化や高速道路料金割引の見直しなどによる空いている時間や場所への分散である。

 どうも現政府の施策は、こういった「困った」→「なんとかしましょう」みたいな継ぎ接ぎ施策が多いようだが、観光施策についてもその傾向が強い。つまり、時間をかけて本質問題を解決しようとは動かないのです。国民に理解されにくいからですが、あまりにもその時任せの駄策が多い。「集中するのでなんとかしましょう」は当然必要なことではありますが、まだまだ客を増やすのか、制限を掛けるのかが明確でないため、これらの曖昧な施策に取り組んでいくと、どこかでバランスが崩れ、オーバーツーリズムの弊害は返って拡大することになりそうです。

 弊害除去に一番よく効くのは、おそらくは「入域制限」と観光地を訪れた場合に税や料金を徴収する「入域料」の導入です。マナー違反問題とも繋がることなので、この施策が主であって良いと思いますが、問題はこれらの施策を決定し、実行するための仕組みをどう作るかです。これが本質問題だと思います。

 最終的にどんな観光地にしたいのかの目標設定がなければ施策は決められません。現在の施策ではそれを決めるソフトの位置づけが不明確なのです。これは特別な観光地だけではなく、どんな地域でも明確にしておく必要があります。アニメで取り上げられるだけで、一気に訪問者が増える時代です。「おらの地域は自然が多く、減るものじゃないので誰でもどんどん人が来てもらっても良いよ」と簡単に言ってはいけません。「このゴミ、誰が片付けるんだよ!」、「ナガエツルノゲイトウ持ち込んだの誰だよ!」と言ってもあとの祭りです。観光、環境、生活の三つ巴の合意形成を、ソフトを回してしっかりやることです。地域観光計画の策定をコンサルタントに丸投げしてはいけません。また、決定プロセスを関係者や行政だけにするのもいけません。面倒ですが、目標設定を観光者や地域住民全体を巻き込んでしっかり作っていくべきだと思います。

 さて、この月末の渋谷はどうなるだろうか。「ハロウィン問題」です。ここ数年はコロナ禍の影響もあり、落ち着いていましたが、今年は新型コロナの5類移行後初めてとなるため、状況が予測しにくい。特に、若者とインバウンドの外国人の心理が読めないため、何が起こるか、行政側も戦々恐々としています。5日には渋谷区長が外国人記者クラブで会見し、国内外に向け、「雑踏事故の危険があるのでハロウィン目的で渋谷駅周辺に来ないでほしい」と訴えましたが、この言葉はどこまで渋谷パリピに響くのだろうか。「ハロウィン問題」はオーバーツーリズムとは異なる性質のものではあるが、一所に多くの人が集まるということについては同じ問題であるように思う。

 広い空間なので、制限を掛けるのは難しいし、行動の自由を奪うことはできないが、これも、どこかで「入域料」を取り、一定の空間内の時間人数を制御したいものです。「パリピ孔明さん、何か策は無いですか」

※パリピ孔明: 原作・四葉タト、漫画・小川亮の漫画で、最近、アニメ、ドラマを賑わしている。三国時代の軍師「諸葛亮孔明」がハロウィン真っ只中の渋谷に転生し、そこで出会ったシンガー月見英子の夢を叶えるべく軍師として活躍する物語。

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