奈良県の遷都1300年祭の年だったと思うので、もうかれこれ10年前になると思いますが、ゲージツ家の篠原勝之さんと農村づくりの関係でご一緒したことがあります。

 愛称なのか通称なのか分かりませんが、「クマさん」と呼ばれている方で、最近はテレビではあまりお見受けしませんが、以前はテレビでの露出度が多かったので、ご存知の方も大勢いらっしゃると思います。ツイッターを追うところでは、最近も元気で精力的に活動されているようです。

 何かの番組で、明石家さんまさんの自家用車のレンジローバーの一部を、さんまさんの知らない間に解体して、鉄のゲージツを作ってしまって、さんまさんが頭を抱えるのを笑いにしていたのを見たのが印象に残っています。番組自体はバラエティーなので、笑いはある程度筋書き通りなのだろうが、クマさんの他人事のような壊し方と作風の大胆さは結構面白かったので、「高い車を勿体ないなぁ」と思いながらも、結構笑わせてもらいました。

 そのクマさんが、奈良県の奥深い山村に入り、田んぼを使ってモニュメントを製作するとともに、地域の活性化を担うというプロジェクトの粗々の企画が、当時立っていましたが、テレビ局が作るものではなく、県の遷都1300年に合わせての構想の一部で、まだ海千山千段階の時に、農村づくりで全国を奔走していた私にもお声がかかり、地域の状況を見てほしいと県から広告代理店を通して依頼されました。

 結局、私はそのプロジェクトには参画することはなかったので、その後どうなったのかは分からないのですが、2日間だけ、クマさんと県の職員、広告代理店の方々と山村を見て回りました。もうだいぶ前のことなので、細かいことは覚えていないのですが、二つのことをはっきりと覚えています。

 一つは、おそらくは私が生まれてからその日までに食べた量よりも多い松茸を一晩で食ったという記憶です。農家民宿の夕食で、すき焼きを頂いたのですが、昨年採れた松茸の冷凍が、野菜や肉以上に盛られていて、はっきり言って、もうしばらくは松茸食べたくないというほどの量を頂きました。美味いとは思いましたが、あまり多すぎて、ありがたみは薄らいだ。

 そして、もう一つよく覚えているのは、クマさんに「木っ端役人」と言われたことです。このセリフだけだと、まるで私が木っ端役人のような振る舞いをしたかのように受け取られてしまいますが、実はそんなことは何もしていません。おそらくしていないと思います。

 現地で初対面以来、農家でお話を聞いたり、田んぼを見て回ったりしていたのですが、彼は、はじめ私のことを広告代理店の社員だと思っていたようです。結構、良い雰囲気で、お年寄りの皆さんと楽しく話もでき、クマさんとも仲良く話せていました。私の方は、彼よりも先に地域に入っていましたので、私が先に仕入れた話もあったので、そんなことも含めて、彼と情報交換をしていましたが、その会話の中で、私が公務員であることに気づかれました。

 「なんだ、お前さんは木っ端役人かい」と言うような表現だったと思います。別に、それを境に急に態度が変わった訳でもないし、私を卑下し始めた訳でもなく、それまでと同じ接し方でしたが、私の方も、「そう見えないかもしれませんが、実は木っ端役人なんですよ」と軽く返しましたが、多くの人に、役人はみんな木っ端役人と捉えられているんだろうなぁと感じました。

 多面組織の方からよく聞くことで、役所に報告書を持って行ったら、文字が間違っているとか、行が一行ずれているとか、フォントが違うとか、本質ではないことを事細かく指示して、修正して持ってくるように言う役人がいるそうです。そして、組織の方が、これは良いと思って提案したことでも、それはこれまでに事例がないからだめみたいなことを言うそうです。

 木っ端役人とは、たいした権限を持たない下級役人のことを言いますが、転じて、事なかれ主義で、上位に弱く、庶民に横柄で、全体の意味を理解せず、自分の役割だけを完結させようとする役人のことを意味します。

 大切なのは、問題の本質がどこにあるかではないのだろうか。自分の持つ役割はここまでなので、それ以外は知らないと嘯き、自分を守り、上から言われているからそのルールに従うだけで、ちゃんとした理屈や部署間の繋がりを押さえて、その上での自分の役割となっていないのなら、それは、木っ端役人と言わざるを得ない。本質をとらえて仕事をすることは、下級、上級関係なく、都道県、市町村、省庁間をまたがって、根幹になくてはならない公僕としての精神であるはずです。

 新型コロナウイルス対策においても、なんとなく、上下縦横のちぐはぐな責任という名のボールの投げ合いや部署の壁づくりがあちこちで見え隠れする。国家の一大事において、役人は絶対に木っ端役人であってはならないだろう。

 あの時、クマさんに「木っ端役人」と揶揄される何かが私の中にあったのかもしれないと、再度思い返し、反省をし、もう私は役人ではありませんが、農村づくりの支援者としてそんな捉え方をされないよう努力しようと思いました。

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