今回は私の失敗談を一つ。農村づくりの研究に邁進していた30代後半のことです。研究を始めてから数年の日々が過ぎ、最も貪欲に文献を読み漁り、最も意欲的に現場を歩いていた頃のことです。

 研究を始めた頃は、右も左もわからず、とにかく我武者羅に勉強し、前回紹介した筒井先生の後ろに隠れながら、現場調査の様子を見ていただけですが、数年もすると、それなりに研究のペースも掴めますし、農村の実情と問題についても理解ができるようになってきたので、ようやく一人で、現場へ聞き取り調査にでかけることができるようになりました。

 農村づくりは、研究者側から見れば研究ということになるのですが、現場で農村づくりを進めている地域のリーダーをはじめとする住民の皆さんからすると、生活がかかっているのですから、日々実践であり、研究なんていう位置づけで、高みの見物などしてもらっては迷惑だということになります。

 ですから、私も、一方では研究者として、農村づくり活動を冷静に見つめながら、そこに至った過程、そこに至らしめた地域の特性、うまくいかなかった要因を分析し、なんらかの法則を見い出そうとするのですが、当然、一般論などはそうそう出てこないものであって、結局は、研究はほどほどにして、住民の皆さんと一緒になって考え、実践しながら、その地域の将来像を模索することになります。

 しかも、研究者や専門家としての役割は、住民に対して、ああしてはどうかとかこうしてはどうかとかとアイデアを押し売りすることではなく、住民だけで考えると、十分な地域の分析ができていなかったり、また、その分析のための情報自体を住民が持っていなかったりするところを、情報集めをしたり、外部からの情報を共有することで、後方支援することであります。また、住民だけで考えると、なかなかアイデアが出ず、袋小路に入ったり、問題の解決のための議論が蛸壺論議に終始してしまうことがある時に、横から助言して、議論が明るい方向に展開することを手伝うことであります。

 しかし、農村づくりにおいてどんな支援を行うにしても、私はその地域の住民ではないので、結局は、地域の実情をしっかりと聞き取ることから始めるということになります。

 研究側の用語では、「聞き取り調査」ということになりますが、実践側として関わっている場合は、「情報共有」ということになります。

 話が面倒になるので、ここでは「聞き取り調査」という言葉を使いますが、この聞き取り調査、今ではなんなく、数人の住民と話をしている内に、地域の状況を把握することができますが、まだ、調査経験の浅い若輩研究者ですと、表面的な地域の状況は聞き取れるものの、地域にある奥深い問題は把握できないことが多い。特に、歴史的なしがらみに端を発するような問題は、地域にとっては汚点だと考える住民もいて、なかなか話してはくれません。

 数回通って、互いに何でも話せるようになってようやく、「実はなぁ、・・・」とその深い訳を話してもらい、ようやく「そういうことだったのか・・・」と腑に落ちるなんてことも多々あります。

 聞き取り調査においては、調査者が聞き上手であることは絶対条件と言えます。私は、どちらかというと聞き上手の方ではありませんが、市町や県の職員や学者先生の中には、この聞き取りがとてもうまい人がいます。一緒に聞き取りをしていると、実に巧みに、言いにくいことを聞きだす方がいて、その聞き取り術に感心しまくります。

 今は、そんなことは自然の流れで良いと思っていますが、当時は、聞き上手になろうと、いろいろと聞き上手の人をお手本にしたのですが、どうも会話というものは、天性のところがあって、そんなに簡単には上達しないようです。

 でもある時、私は面白い法則を発見しました。現地調査と聞き取りをするときに、学生を数人連れて行くことが多かったのですが、私には一度も話したことがないのに、学生には、なんだか私の知らないことを簡単に話し出す住民の方が多いのです。その時によく聞いたフレーズが、「君ら若いから、こういうことは知らないと思うけど・・・」とか「都会ではそんなことはないと思うけど、田舎はねぇ・・・」です。

 山本さんは先生だから何でも知っている、でも、都会から来た学生はおそらく何も知らないから、いろいろと話してやるというのだ。学生は聞き上手ではないのですが、学生、若者、都会というだけで、聞き取り術を一級なんなく昇級することになります。

 学者と言えども、聞き取り歴わずか数年、天性の聞き取り術を持っていない私としては、これは活かせると思って、学生に成りすますことを考え、考え、考え抜いた挙句、もっともくだらない結論に達しました。私は、学生風、若者風、都会風を醸し出すため、髪の毛を金髪に染めて、聞き取り調査に入ってみたのです。

 研究者であることは明かしますが、住民の皆さん、この○○風に影響を受けて、結構口は軽くなったように思います。はっきり言って効果はありました。ただ、○○風に、もう一つ、ヤンキー風というのが加わって、勉強していない不良学生かとも見られました。

 その後、2年ほどヤンキー風のままで研究者をやっていましたが、農林水産省の本省への転勤が決まり、金髪にしておく理由がなくなったので、黒く染め直して本省へ研究調査官として着任をしました。

 農村づくりは、地域の現状をしっかりと捉え、情報共有することから始まります。住民自身が農村づくりとは関係ないと思われることでも、実は、それが重要な問題の根幹にあったりすることもあります。汚点と思う必要はありませんし、恥ずかしい部分だと思う必要もありません。それは歴史の一部であり、場合よってはその地域の文化であります。

 私が金髪に染めて、若者と間違えられてまでも聞き取りたかった情報、住民の皆さんと共有したかった情報は、農村づくりのために必要な情報です。農村づくりは「情報共有」で始まり、「情報共有」で終わると思っても過言ではありません。

 「どこが失敗談なのか」って? それは30代後半で、どう見てもヤンキー風の若者とは見えないはずなのに、住民の皆さんに気を遣わせて、聞き取り調査にお付き合いさせてしまったということです。

※写真は、景観シミュレーターについて説明する若僧の私。この頃から徐々に金髪のメッシュを入れ始めた。TシャツをGパンの中に入れているところが若くない証拠だ。

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