私の大好きな作家である池井戸潤さんの小説をドラマ化し、堺雅人さんが主演を務めるTBSの日曜劇場の「半沢直樹」(日曜午後9時)が9月27日、ついに最終話を迎えました。本ホームページの読者や研究会会員の皆様はご覧になったでしょうか。私は、2013年の放映の時も、毎週楽しみにして、リアルタイムで見ていましたが、今回も病みつきになってしまいました。

 池井戸さんの作品は、下町ロケット、鉄の骨、空飛ぶタイヤ等、産業界、金融界、政府の不正とダークなつながりを題材とし、組織の歯車としての下請け会社であったり社員であっても、ただ歯車として働くのではなく、歯車としての誇りを持ち、組織によって生み出される巨悪に対して正義を貫くサラリーマンの苦悩を描いているものが多い。そんな大げさなという感じはあるものの、多くのサラリーマンの魂に響くものがあり、社会に大きな共感を得ているのではないでしょうか。その証拠が視聴率になって表れているようです。

 今回も最終回の視聴率は32.7%となり、前作の42.2%には届かなかったものの、大ヒット作となりました。

 私の家内は元銀行員であり、今はみずほ銀行となった合併前の日本興業銀行で働き、合併後もしばらく行員をやっていました。ドラマで出て来る東京中央銀行の合併前の産業中央銀行と日本興業銀行という名前が被るように思ったので、「ドラマのモデルはみずほ銀行じゃないの。本当にあんなことってあるのか」と聞いたら、「池井戸さんは旧三菱銀行出身だから、東京三菱銀行にモデルがいたんじゃないの。花咲舞(作品名「花咲舞が黙っていない」)は社内の不祥事問題を題材にしているので、三和銀行・東海銀行あたり、半沢直樹は政府、民間との融資を巡る内部組織抗争だから、やっぱり池井戸さんが実際にいた三菱銀行あたりを母体にした大きな話にしたかったんじゃないの」と、それなりに分析している。帝国航空はどう考えても、日本航空をモデルとしているのだからやっぱり株主が民間で筆頭のみずほ銀行が東京中央銀行であるようにも思うのだが、私が聞きたいのはそこではなかったので、モデルを無理に特定しないで、いろいろな銀行を複合的にモデルとして使っているのだろうと理解しておきます。

 「いやいや、僕が言いたいのはそこじゃないよ。部長どうしが、役員や頭取の前で、あんな謝罪を求めたり、土下座したり、終いには、役員室で『詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ、詫びろ半沢!』って、こんなのある」って聞くと、奥さんは、ケロッとして、「役員室での出来事はよく知らないけど、私がいたバブル期は、派閥争いはいくらでもあって、上は結構激しく怒鳴り合いしていたことはしてたわね。『死んでも嫌だね』ぐらいはあるんじゃないの」だそうだ。

 それでも、食らいついて、「それにしても、『やられたらやり返す。倍返しだ!』はないんじゃないか。とうとう最後には、『三人まとめて1000倍返しだ!』って、一行員が頭取や官房長官に向かってこんなこと言うか」って聞くと、さすがに奥さんも、「それはありえない。やりすぎ。だからドラマでしょ、おもしろいんでしょ」と笑っていた。

 銘セリフと顔芸で一癖も二癖もある演技派俳優陣がアクションものでもないのに、テレビカメラ狭しと暴れまわるのだから、魅力あるドラマになり、視聴率が取れることはわかるのだが、あまりセリフばっかりに気を捕らわれてはいけないだろう。実は、何気ないストーリーの中に、農村づくりの重要なキーワードが隠れていると思うのです。

 半沢直樹の魅力は、踏まれても踏まれても立ち上がり、倍返ししていく主人公の信念と正義ではあるが、その土台というか基本的精神はどこにあるのかと考えると、やっぱり、「半沢ネジ」ではないのかと思います。

 半沢の両親が経営していたネジ工場は、高い技術を有する町工場だったが、取引先の倒産をきっかけに経営は傾き、当時、融資課長だった大和田(香川照之)から融資継続を断られ、雨の中の土下座の願いも空しく、追い詰められた父親(笑福亭鶴瓶)はついに自殺してしまうという過去があった。

 直樹は父の死の無念を背負い、真剣に産業を興し、社会を豊かにしようと、無心に働くすべての人を幸せにするための支援をするための銀行であるべきとの信念で、銀行を変えるために行員となり上を目指すことになるが、その信念がストーリーの中で一貫してブレていないことが重要である。

 それは、今回の放映の最終回の最後の半沢と大和田との退職願を破る紙吹雪までのセリフの中にまで引きずって来たと思います。エンドロールの直前、大和田と半沢は、こんなやり取りを交わします。

 大和田「あのこと(半沢の父の死)については私も悪かったと思っている。・・・優秀な職人の未来を潰してしまった。だがなぁ、半沢!私は間違ったことはしていない」

 半沢「なんですって」

 大和田「経営状況は、まっとうなバンカーなら、誰がどうみても融資を打ち切って当然のものだった」

 半沢「当然?あなたが父のネジに込められた革新的技術を見抜けなかっただけでしょう。実際、内海信用金庫の担当者はそれを見抜き、半沢ネジは飛躍を遂げた」

 大和田「それはたまたま偶然だろう。技術があっても金になるかどうかは別の話で、そんなものに融資をつづけるのは、博打ですよ、博打。あの決断はバンカーとしての私の正義だ」

 それに対して、半沢は、私のバンカーとしての正義は、この国の優れた技術を守るため、自分にできる最大限のことをすることだと言い切った。

 私は、このやり取りの中に農村づくりを推進する最も重要なヒントがあると思っています。組織人としてのバンカーという役割からしか社会を見ていない大和田とひたすら顧客の幸せを求める一人のバンカーとしての役割から社会を見る半沢の違いです。これは、社会組織に生きるサラリーマンの最大の問題である「個と組織」の問題ではないかと思うのです。これはどちらが正義で、どちらが正解というものではありません。ですから小説になり、ドラマになる。

 農村づくりもしかりです。農村をこれからどうして行こうかと考える時に、自分を農村社会という組織の一員としてだけから考えてはいけないと思います。現状を維持し組織を守ることしか考えられなくなるからです。あなたは、農村社会の一員である前に、農村をより良くして行こうと思っている一個人であるのです。農村という組織だけを守るのではなく、住民一人一人の気持ちを大切にすることです。同じことのように思われるかもしれないが、この意識の持ち方はたいへん重要だと私は思います。

 組織がどう動こうが、何をしようが、個としての自分がこの農村社会をどう捉え、将来どう生きていくか、次世代にどう継承していきたいかと考えることが大切です。組織全体の総意を実行することだけが農村づくりではありません。それに従うことだけが農村づくりでもありません。あなた自身の農村づくりは、場合によっては、組織とぶつかり、孤軍奮闘することもあるかもしれない。確かに難しい目標かもしれませんが、地域に対する正義と信念を住民一人一人が持つことが農村づくりではないでしょうか。

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