科学者は諮問にどう答えるべきか

 「オミクロン株の特徴にふさわしいめりはりのついた対策を打つ必要がある。人流抑制ではなく人数制限がキーワードだ」、「ステイホームは必要ない。渋谷駅前の交差点がいくら混んでいてもほとんど感染しない」と1月19日の分科会の終了後、尾身会長は記者団にこう話しました。

 「あれ~」と、テレビを一緒に見ていた妻と顔を見合わせて、首を傾げ互いにキョトンとしてしまった。

 来月2つのライブコンサートを予約していた私たちは、この調子でオミクロン株の感染が拡大するならキャンセルするしかないかと思っていたので、考え直しても良いのではないだろうかと首が傾いたまま固まったのです。

 そもそも、だいぶ前から気になるのですが、政府の諮問委員会とか有識者会議というのは、政府に対して意見を述べ、勧告するのであって、国民に説明するものだろうかと思うのです。

 厚生労働省のホームページで、新型インフルエンザ感染症対策有識者会議の設置根拠を見てみると、『有識者会議は、次に掲げる意見を、内閣総理大臣に対し述べることとする。』とあり、次に掲げる項目とは、①新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成 24 年法律第 31 号。以下「法」という。)第6 条第 5 項の規定に基づく意見。② ①に掲げるもののほか、新型インフルエンザ等対策の円滑な推進を図るために必要な意見としている。また、「新型コロナウイルス感染症対策分科会」は有識者会議の中に位置し、有識者会議の目的別検討会のようなもので、有識者会議の長が分科会の議決を取り仕切ることになる。しかし、この設置根拠には、参集の方法や意見の開陳については記載されているものの、それをどのように伝えるかということについては何も記されていない。

 つまり、有識者会議の会長が新型インフルエンザ等対策閣僚会議の議長である内閣総理大臣に報告することが基本であり、国民に対して説明せよなどとはどこにも書かれていないのです。専門家会議にいる専門家集団は、それぞれの専門家の立場から、科学的根拠をしっかりと示して、それらを総合化した意見を政府にしっかり勧告できるものにするところまでで、それを国民に如何に説明するかは政府なり政治家の役割であるのですが、政府が十分に国民に分かり易い情報を伝達する力がないため、どちらかというと説明が下手な科学者が自ら出て来て、なんとか四苦八苦して国民に伝えようとしているのが、尾身会長の会見ということになってしまう。

 いやいや、それは無理があるのです。尾身会長も一人の科学者であって、いくら超人的頭脳を持っていたとしても、元は医学者であって、医学、社会、経済、医療体制までを総合的に捉えた回答をすることには無理がある。一言何かを口にすると、経済優先より医療優先かという捉え方をされたり、医学か医療現場かで相反する内容が発生する場合もある。人数制限なんて言うと、素人は「どうして4人は良くて、5人はだめなんですか」みたいなアホな質問をしてしまうし、ワクチンのことも、「ブースター接種をしても感染する人はいますよね。副作用のリスクまで背負って3回目を打つ必要あるのですか」みたい質問になってしまう。

 今回の尾身会長のちょっと出過ぎた意見を、政府関係者は、行き過ぎた発言で、尾身会長のスタンドプレーだと言っているらしい。おそらく官邸周辺もそう見ていて、火消しに走ったのだと思うが、そもそもそこが間違っていやしないか。

 私は、総理の説明に続いて、補佐的に科学的知見をフォローするなり、政治的判断に至ったところの基本的考え方はここにあったというような説明は必要だし、分科会としての国会対応は必要だと思うが、一人で会見に対応するなんてあり得ないと考えます。それを当たり前のようにさせてしまっているのは政府の怠慢であって、尾身会長を責めるべきではない。もし責めるとしたら、政治家ぶってしまったことと、合意形成や国民感情に疎い科学者が、それでも少しでも国民のために明日への希望を高らかに叫びたいという想いを持ってしまったことで、能力があるとか無いとかではなく、変にいい人だから、あんな発言になってしまうのだと思います。悪いのは、彼を一人で喋らせてしまう政府である。政府のコロナ対策が間違いかどうかは別としてだ。

 もう終了したドラマですが、TBSの「日本沈没」というドラマで出て来る田所博士は、国民がパニックになろうがなるまいがお構いなしに、自分が信じる科学だけを頼りに、日本が沈没するのは真実だと語る。そこに、地球物理学専門の日本の第一人者ではあるが御用学者である世良元教授が政治の流れを読んで、科学データを捻じ曲げて、この事実を隠蔽する。政府が緘口令を引いて真実をひた隠す。それでも田所博士は科学的説明しかしない。ドラマではあるので、いろいろと解釈はあろうが、私は、この田所博士の態度は、諮問機関の委員の役割としては正しいと思う。

 科学者は決して日和ってはいけない。経済と社会が大きな打撃を受けようが、科学の見解はここにあり、回答はここであるという勧告を政府に対して一度したのなら、それ以外は口をつぐんで良いのだ。委員の考え方が少々違っていても、議決したことがすべてであるとすべきで、「私はちょっと違うと思う」とかは、議事録で確認できるので、委員の立場としては言ってはならないのだと思う。それは一人の科学者としての発言であるべきで、報道もここを間違えて伝達してはいけないのだろう。どちらにしろ、政府よ、しっかりしろよ!

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。