農村づくりキャラバン

 ここ数回、社会問題をテーマに堅い記事が続きましたので、今回は柔らかいのを一つ書かせていただきます。最後に少し読者やユーザーの皆さんにお願いもしたいと思います。

 先週、11月10日の木曜日ですが、NPO法人「チーム田援」の筒井義冨先生と会食する機会を設けました。コロナも少し収束しているようですし、二人ともワクチン接種は2回とも済ませているので、二人だけで個室で会食なら問題ないだろうと言うことで、3時間程度でしたが、少しお酒も飲みながら、昔話に花を咲かせました。

 筒井先生は、これまでの私の「言わせてもらえば」のコーナーでも何回も取り上げさせていただいておりますが、農村づくりの私の師匠であり、農村工学研究所(現農研機構農村工学研究部門)において、昭和63年~平成9年まで、集落整備計画研究室の研究室長でいらっしゃった時に、私が9年間、平研究員、主任研究員を務めさせていただいた子弟の間柄です。

 この研究室は国の研究機関における住民参加型農村づくり研究の開祖だと自負しております。集落環境点検や景観シミュレーション等を活用したワークショップ手法の体系化を行い、行政と連携し、生活・集落環境整備にかかる手法の確立や国のガイドラインの作成などについても、筒井先生が中心になって、我々二人で貢献してきました。今、全国で行われている様々な住民参加の手法はここから生まれたものもたくさんあります。

 さて、そんな自慢話はさておいて、本日、皆さんに聴いていただきたいお話は、そんなことではなく、当時、我々が力を入れていた全国行脚の「農村づくりキャラバン」についてであります。

 筒井先生と私は当時、研究室で毎日夜遅くまで農村づくりについて議論を交わしました。考え方から具体的な方法論まで、ああでもないこうでもないと熱く語り合うのですが、最終的にはいつも、研究室でどれだけ論議しても、何も研究は始まらない。とにかく全国津々浦々視察と勉強会のキャラバンに出ようじゃないかということになりました。これは、全国で様々な農村づくりの実践をされている地域を視察させてもらいながら、ある時は事例収集のためのヒアリングを行い、ある時は、地域で悩まれている問題に寄り添い、意見・助言をし、またある時は、実際に集合法によるアンケートやワークショップを開催して地域住民と一緒にどうすればその地域が良くなるのかを考えました。夜を徹して話し合う夜なべ塾などもたくさん開催しました。「あり方」ではなく「やり方」が大切で、現場で使えなきゃ技術じゃないという信念の元、どんどんと地域へ入って行ったのです。

 筒井先生がよく言われていたのは、「ギブ&テイク」と「来るものは拒まず去る者は追う」でした。ようするに、地域から教えられる(テイク:受け取る)とともに、研究の成果を地域に直接返して(ギブ:与える)貢献していくということを率先してやっていこう、論文が目的では無いと言うこと、技術を学びに来た人たち誰でもに拒まず教え、あなたたちの技術は分からないと去っていく人たちに、「去る者は追わず」では無く、追ってまで説明して理解してもらおう、納得してもらおうという事でした。そのために、キャラバンを組んで、全国へ出かけたのです。

 キャラバンには国費、すなわち税金を使う訳ですが、最大限の効率でこれを実行し、税金の無駄遣いをなくそうというのも命題でした。もちろん、当時は研究予算がたいへん少なかったということもありましたが、筒井先生の信条として、仕事は『一粒で二度おいしい』でないといけないと教えられました。グリコ世代なのだそうです。また、先生は建築が専門で「建築屋は、手戻りをたいへん嫌うんだ。何度も同じ所を行ったり来たりは良くない。だから移動も一筆書きで行こう」と言われ、ひとたび車でキャラバンに出ると、とことん全国を回り、地元と調整をして行ったり来たりしないような日程とルートを決めました。

 今回の先生との会食でも最近は互いに老体で動きが鈍っているが、あの頃はとにかくよく動いたなぁ、苦しかったが楽しかったなぁと、キャラバンの思い出話となりました。

山本「筒井さん、あの時はひどかったですね。北海道縦断の時の私の肺炎事件ですよ」

 ある時、長期キャラバンへ出かける前から、私は風邪気味で調子が悪かった。最初の釧路行きのフェリーの移動中でも、咳が止まらず、北海道横断中も、ずっと熱が出っぱなしだったが、とにかく、私がいないことには行程が滞るので、すべての予定をこなすため、熱も咳も無理に押して出張を続けていた。一週間目ぐらいだったと思うが、厚岸町、網走市、新得町で調査、札幌市での打ち合わせを経て、いよいよ道南まで来て、八雲町、大野町とワークショップを終え、後は、青函を越え盛岡に泊まり、残すは山形の飯豊町のみというところだったが、盛岡市内のホテルで、四十度の熱となり、咳も朝まで止まらず、一睡もできず、明日はもう無理という状態となり、そこで初めて、筒井室長に、その朝、リタイヤ宣言をしたことがあった。盛岡駅に送ってもらったところまでは覚えているが、気がついたのは、次の日の病院のベッドでした。肺炎でした。

筒井「いゃあ、あの時は俺、やまちゃん(山本)の隣の部屋だったろ。一晩中咳してたから、明日は帰れと言おうと思っていたら、朝、やまちゃんからもう僕駄目ですと来たので、急いで帰したんだよ」

 実は、私の自業自得という側面もありました。大野町でのワークショップの後、町の担当の方と懇親会を開いたのですが、町長に、のどには『カリン酒』が効くからと、大野町名産のマルメロ酒を進められて、一口にしておけば良いのに、甘くておいしいものだからどんどん飲んでしまった。これがいけなかったようだ。

山本「あの時は、死ぬかと思いましたよ」

 筒井先生がこう言われました。「でも、あのキャラバンは、直接地域住民の皆さんと本音で農村づくり談義ができてやっぱりよかったな。農村づくりはマニュアルとか体制じゃないんだよな」 少し酒が回ってきましたので、それ以上深い話にはなりませんでしたが、なんとなく、やっぱりこれをやらんといかんなぁと私は思いました。

 農村づくり・ICT支援研究会では、発足当時より農村づくり勉強会のキャラバンやりますと言っておきながら、まだ一度も出来ていません。ここ2年コロナ禍で動けなかったというのもありますが、次年度は、コロナの状況を見ながらではありますが、夏場を目標にキャラバンを実現したいと考えています。

 もし、現場で困っていることがあったり、農村づくりの勉強会をしたいという地区は、是非お声かけください。もちろん、多面の広域化や事務委託、楽ちん多面の勉強会も承ります。8月~9月で検討したいと思いますので、「俺んところに何月何日ぐらいに寄ってもらえんか」ぐらいの感じでいいので、ご希望があればメールをください。

 私も何でもお話できる程力もありませんし、体調管理もありますし、車で移動しますので、移動距離のことも考えなければなりませんので、全部は回れないし、希望通りにはならないかも知れませんが、先ずはお声がけがあれば嬉しいなぁと思っています。

 肺炎にはならないように気を付けて参りますので・・・・よろしくお願いします。

※アイキャッチはキャラバンの写真ではありませんが、こんな感じで、地域で勉強会をやっていました。左側の挨拶に立っている方の左横に座っているのが筒井先生です。もっといい写真が見つかったら差し替えます。

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