食料自給率という防衛力

 令和3年度の食料自給率はカロリーベースで38%(生産額ベースで63%)。一方、令和3年時点での日本の国内総農地面積は434.9万haで、年々減少しており、今年も昨年から2.3万haほど減少しました。このままの趨勢で推測すると、8年後の令和12年には397万ha(農用地区域内)となるそうで、政府が掲げた自給率の目標値45%をこの面積で支えないといけないということになります。

 食料自給率と農地面積の関係は、実際には飼料自給率などのいろいろと複雑な要素が絡んでいるので、単純に面積と自給率を1:1として計算して、434.9万haで自供率38%だから、397万haなら35%にしかならず、45%を維持するためには510万ha(=397×45/35)が必要という推測はできません。

 現技術力で、輸入農産物を100%国内生産に切り替えようとすると、約3.8倍の農地が必要と言われていますので、ざっと計算しても1700万haが必要となってしまいます。しかし、これは現実的な数値ではない。今の日本にそれだけの農地を確保することは不可能であるからだ。かといって、世界のキナ臭い動きからして、食料安全保障政策を自給率から考えない訳にはいかなくなってきた。

 政治家の頭は、ミサイルが飛んで来たらどうするかばかりになってしまっているので、防衛費をNATO諸国並みの対GDP費2%の増額を施策として考えるし、世論も、ミサイルや核の脅しに恐れ、もう少し防衛費を上げても良いのではないかという風潮になってきているようです。10月初めにNHKの世論調査で防衛費増額に対する賛否を聞いたところ「賛成」が55%、「反対」が29%となったという。戦争経験者のお年寄りからすると、「またその流れかよ」と嘆いておられる方も多いように思います。

 国費が湯水のように使えて、戦争が放棄され、ファシズムへの道が閉ざされているならば2%と制限をかけることもなく、専守防衛としての装備で必要なものは揃えれば良いと思うが、問題は2%の大台に乗ったからと言って、今の技術力で専守防衛力が格段に上がるということではないし、敵国からの攻撃を完全に防げるものでもない。だから、今になって、敵基地攻撃などという議論を持ち込まざるを得なくなっているのだろうが、いくらミサイルの性能や近代戦争の戦略が変わったと言っても、それはあまりにも議論が単純すぎる。いの一番には、一時食料流通が閉ざされても、自力で生き延びること自体を防衛力と考えねばならないのではないか。

 戦争というものは、歴史を見る限り、子供の喧嘩みたいに始まるものだ。初めは肩の小突き合いだったが、どっちが強かったで、エスカレートし、倍返し合戦が始まる。半沢直樹じゃあるまいし。そして、終いに大きな怪我に進展すると、親が出てきて大ごとになるに違いない。そうするともう収まるものも収まらなくなる。子を日本、親を大国に置き換えると行く末はすぐに想像できる。

 少々エスカレートして、ちょっとした怪我を負って、相手に責任を求めるとしても、同時に、簡単に治せる薬も開発しておかないといけない。その薬を塗れば、早く回復するみたいな。それが食料安全保障である。不測時に急に赤チンと包帯を探しても遅く、平時の準備が重要なのだ。

 話を自給率に戻そう。自給率の向上において、足りないのは小麦、大豆と肉類、バターなどの畜産品であり、それらを生産するための牧草地や飼料になるトウモロコシなどの面積が確保できない。ここはそれなりに面積を費やさねば解決しない部分だ。

 しかし、小麦だってやり方はある。これまでずっと政府主導の輸入小麦中心の政策になっていたが、22年度には、「国産小麦供給体制整備緊急対策事業」に25億円を充てていて、政府もようやく小麦振興の本気度が上がってきている。ただ、これを盛り上げるには、マクロな施策だけでは無理がある。中小の製粉会社を巻き込んだ小さな地域流通を育てることが重要である。何もスパゲティに拘る必要はないので、それぞれの地域毎にスパゲティでもうどんでもない新麺を開発する余地だってあるし、品種はかなり充実してきているのだから、選択肢も多くなってきているはずだ。また、欧州に負けないものを作る必要はない。米粉を主体にした日本独自のスパゲティ麺を開発し、食生活に入れ込めばよい。

 政府の目標である令和12年度の自給率45%を国内生産だけで賄おうとすると農地面積765万ha(100%で1700万haを基準に試算)が必要となりますが、農地面積の確保、集約化、効率化と増産のためのスマート農業などの革新技術で、1.2倍の増収を見込めるなら、637万haで事足りる。これは、1970年代レベルの農地面積ということになり、これならなんとかなるような気がする。元々あった農地面積なのだから、荒廃農地28.2万haを戻し、都市化してしまったところを再編し、高層住宅と農地という組み合わせにするグランドデザインも考えると良い。もっと攻めるなら、お金はかかるが、新規開拓農地がゼロということもないはずだし、防災・減災対策も含めての総合食料生産拠点形成みたいなものも模索したいものだ。

 また、CSA(Community Supported Agriculture:地域支援型農業)等に代表される産商提携と地域自給の考え方を政策として強力に推進し、ICTをフルに活用し、農地賦存域と消費者とのマッチングを全国的に展開していき、地域単位のフードチェーンと地域間連携の組織化を目論むことも重要だし、それらを社会的に維持するための地域組織としての農村RMOも連携させていく必要があるだろう。

 食料安全保障政策では、なんとなく供給リスクの分析や安定的な輸入確保にばかり目が向けられているが、自給率と農地にもっと目を向けてほしいと思う。円安での買い負けだったらまだましで、欲しくても輸入できないなんてことになる場合だって想定できる。日本の農産物は海外で評価も高いのだから、面を広げて、防衛力の余剰分はどんどん作って輸出したら良い。輸入できることを前提とするのは危ないに決まっている。付け足しになるが、食料保存技術の開発も力を入れてほしいものだ。当然エネルギーを使わない奴だ。

※割といい加減なデータを元にして、生産体制の変革についても触れずに、少し乱暴な提案をしたが、要するに、政府がコントロールすべきは農業経済政策ではなく、国防としての地域経済コントロールではないのかと言いたかった。

※100%自給率のための必要農地面積が約1700万haは試算されている数値ですが、自給率45%の場合が、農地面積765haはこの試算値からの単純計算で、実際には、小麦、飼料などの割合をどう設定するかで変わってくるので、あくまでも参考です。

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