基本法は『映え』と『設え』

 筑波山近辺に、あじさいで有名な『雨引観音』という名所があります。真言宗豊山派のお寺で、雨引山楽法寺が正式名ですが、毎年6月10日から7月20日までの期間はあじさい祭が開催されていて、山門をくぐると一直線に仁王門と呼ばれる中門まで石段が続き、その左右にあじさいが咲き誇ります。本堂のある伽藍にもたくさんのあじさいが植えられており、特に、阿弥陀堂、鬼子母神堂と池周りのあじさいの『設え』は見事です。所謂、『映え』のオンパレードということで、お寺さんもそれを分かってか、映え写真をたくさん撮ってもらおうと、ちょっと過剰ではと思うが、和傘や金魚鉢などの映え用の小道具まで置いてある。(文頭のアイストップ写真は下手すぎる)

 石段を登って疲れたので、少しベンチに座ってこの完璧に設えられたあじさいの景観を見ている内に、食料・農業・農村基本法の検証部会の中間とりまとめ(案)のことを思い出しました。

 まだ中間とりまとめ段階なので、最終的にどう整理され、法律にどう記述されるのかは定かではないし、閣法(内閣立法)なので、最終的には大臣官房の文書課や政策課の行政の専門家に揉まれてうまく設えられるのでしょうが、現段階での頭出しを見る限りでは、設えが美しくないため、現行法のような4つの理念の関係性によるストーリーが読み取れません。法律にはやはり『映え』と『設え』が大切だと私は思うのです。

 基本法の見直しの中身ですが、現行法と大きな枠組みの違いはないものの、社会情勢の変化に伴い視点が少しずつ変わっています。現行法と見直し方向とを比較してみると、次のように整理されそうです。先ず、現行の一つ目の軸「食料の安定供給の確保」は「国民一人一人の食料安全保障」に視点が動いています。これは国民的に分かり易い。キナ臭い世界情勢の動きや温暖化に伴う世界的な異常気象を考えると、今回これを視点にしないことはあり得ないだろう。また、二つ目の軸「農業の持続的な発展」については、「人口減少下でも生産力を維持できる生産性の高い農業経営」を強調している。小農を含む多様な担い手をどう位置付けるかの観点が読みにくいが、とりあえず、これは生産者目線として無くてはならない改定視点であるだろう。しかし、後の「多面的機能の発揮」と「農村の振興」については、現行をしっかり見直したのかどうかさえよく分からない。

 「多面的機能の発揮」はほぼ消えてしまい、「環境負荷の低減」へ集中させているが、これは現行における「多面的機能」の具体的施策が不明確で、外部経済効果だけに限定され、多面的機能のマイナス面(外部不経済)に対応できていなかったことに対して、具体的施策を反映できるようにするということだと思うが、新しい理念とは思えない。

 6月2日に食料安定供給・農林水産業基盤強化本部が公表した「食料・農業・農村政策の新たな展開方向(案)」においては、多面的機能の発揮については「温室効果ガスによる気候変動の影響や、生物多様性の喪失等が進み、カーボンニュートラル等の環境負荷低減等に向けた対応が持続的な食料生産を確保するために不可避となる中で、農業・食品産業を環境と調和のとれたものへと転換するための政策を確立する。」と書かれている。その通りであるが、多面的機能の発揮は、本来マイナスもプラスも認識されていたはずで、省庁内の専門部門の力関係が偏っているだけではないのか。私なんぞ、ど素人なので、環境保全型農業については、現行法では寧ろ「自然循環機能の増進」の中に含まれると理解していました。確かに現行法で生物多様性という文言は無いし、気候変動や環境負荷低減も読みにくいため、施策の評価がし難くなっていることは認めるが、マイナス面がまったく触れられていないとは思えません

 さらに、「農村の振興」なんて、新しい理念軸が生まれてこないのでしょう。現行の「都市農村交流」を言い換えて、「農村移住・関係人口の増加」としているに過ぎない。

 専門家や評論家というのは考え方が凝り固まっているので、自分が関係する部分のより深い専門性のところについては、うるさく小言をいうものの、それさえクリアすれば、後は気にしないみたいで、その傾向がますます顕著になって、全体のストーリーがまったく読めない。私が気にしているのは、全体のストーリーです。日本の農業・農村はどこへ向かい、その中で、「多面的機能の発揮」や「農村の振興」の理念はどう設えられるのかです。

 前出の「食料・農業・農村政策の新たな展開方向(案)」では、政策の展開方向として、1.食料安全保障の在り方、2.食料の安定供給の確保、3.農業の持続的な発展、4.農村の振興(農村の活性化)、5. みどりの食料システム戦略による環境負荷低減に向けた取組強化、6.多面的機能の発揮、7.関係団体等の役割の7つが立てられていますが、みなさんこれ見てどう思います。何と何がどう絡み、どんな相乗効果を以って政策が実行され、農村社会が持続し・・・、もし農村という表現が狭いなら、地域でも良いし、農的空間でも良いので、未来にどんな社会と空間が生まれ、食糧安全が保障されるのかが読めないと思いませんか。「産業政策」と「地域政策」の車の両輪から「環境政策」という三輪車になるのかさえまったく分かりません。

 ようするにこれ、「木を見て森を見ず」っていう奴ですよね。今までも私は言ってきましたが、もう、農業・農村の問題を農林水産省という省庁の枠組みで考えること自体古いように思います。省庁枠で考えると、各局、各課の担当がどんな言い回しで予算を確保するかしか出て来ないので、例えばもし「担い手の多様性」を軸に挙げたとしても、社会構造の変革用語ではなく、補助施策の用語になってしまうだけである。誰も森を見ていない。専門家も学者もだめです、数々の『映え』る理念をうまく『設え』、社会空間を創造する政治屋が出て来ないと。

 雨引観音の伽藍と池とそれに『映え』るあじさいの整った『設え』を見ている内、基本法もこんな景観であって欲しいなぁと思えてきました。

※)現行法では、多面的機能の定義がプラス面しか捉えていないという方がいますが、「農村の振興」で位置付けるとプラス面が強く見え、「環境の保全」や「自然循環機能の増進」で位置付けるとマイナス面が強く見えるということではないか。トレードオフ問題は元々あった訳で、現行法当時の省内での施策担当の力関係が単に表現されたものと私は解釈している。そして今は、「農村の振興」すべての他の政策の軸に関わることであるにもかかわらず、省内の責任所在が不明確だ。

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