坂本龍一さんと自然の音

 坂本龍一さんが亡くなられました。彼の奏でる音楽はとても好きでした。

 ちょうど中学から大学の学生時代と重なった1970年代、テクノポップに填まってしまった私は、このジャンルの先鋒だったクラフトワークやドイツミュージックの代表であるタンジェリンドリーム、ノイの音楽に少々飽きてきた頃だったと思います。プログレッシブロックほど重たくなく、パンクロックほど攻撃性のないところで、何か面白い音楽は無いかなと探していたところ、78年に日本で鮮烈なデビューとなった「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」があれよあれよという間に、国内外で大成功を収めて、私も直ぐに虜になりました。

 クラフトワークが無機的実験的な音楽だったのに対して、テクノ調はしっかりと維持されているのに、メロディアスで覚えやすいクラシックな旋律で、商業的だったのが彼らの音楽だったように思います。

 ハッピーエンドやティンパンアレーにいた細野晴臣さんは以前から知っていたのですが、坂本龍一さんと高橋幸弘さんはこの時初めて知りました。

 こういう音楽は邦楽には無いと思っていたところに、YMOが現れたので、私は衝撃を受けたのを覚えています。音楽だけではなく、赤い人民服でマネキンと麻雀やっている「ソリッド・ステート・サバイバー」のアルバムジャケットデザイン、透明イエローのレコード盤なんかはかなり気に入っていました。音楽性が高いのかというとそこまでではなかったようにも思いますが、ポップアートなエンターテインメントとしてよく計算されているなぁと感じていました。

 今回、坂本龍一さんが亡くなられて、ニュースなどでは、もちろん代表作である「戦場のメリークリスマス」や「ラストエンペラー」が取り上げられますが、彼は本来ジャンルのない世界にいて、音楽というよりは、音文化を通して社会と接することで、自分の社会での存在価値を確立し、音芸術家の役割の在り方を示した人なのだろうと思います。

 私は景観において サウンドスケープ(音景観)が重要な要素であると考え、一時、サウンドスケープの研究に没頭したことがありましたが、この研究の中で、坂本龍一さんの音楽が深く関係したことがあります。

 平成11年、私は、農村の多面的機能の一つとして、農村の持つ癒し機能の研究に携わっていました。この年、坂本龍一さんのインストゥルメンタルのマキシシングル「ウラBTTB」がミリオンセラーとなり、オリコンチャート1位を記録しました。インストゥルメンタルのオリコン1位は初めてのことです。忘れられている方もいるかもしれませんが、リゲインのCMに用いられたピアノソロ曲「energyflow(エナジー・フロー)」を収録したものだと言えば、あぁあれかと思い出すのではないでしょうか。

 あの曲は作曲したというよりも、バブル経済崩壊、就職氷河期、自殺者の急増、オウム真理教事件など、閉塞した暗い10年を振り返りながら、ピアノの前に座っている内に、自然の癒しの旋律が坂本さんに降り注いできたのではなかろうかと感じます。彼のピアノタッチを見ると、その世界に一番入り込んでいて、音に溶け込んでいるのは奏者そのものであるように思えます。聴かせているのではなく、聴いてしまうのです。

 あれを聞いている内に、この曲は農村での鳥の声や森を風が駆け抜ける自然の音の響きとどう違うのだろうかと気になりだしました。自然音を聴いた時の人間の脳から出るとされるα波がこの曲でもかなり出るのではないかと思い、比較実験を始めたいと思いました。この研究では、最終的には、土水路をせせらぐ水の音は1/fゆらぎを持ち、これらのゆらぎは癒し状態を表す脳内のα波を増やすのに対して、コンクリートを流れる水の音は1/f2ゆらぎであって、脳波ではα波よりもβ波が卓越することが分かったのですが、坂本龍一さんの曲が研究成果に尾ひれを付けた成果を出してくれました。

 週刊誌の『週刊宝石』の特騒隊のコーナーの第四六回(平成11年)、『癒やし系CDでストレス解消はホント!』の中で、研究所(当時は農村工学研究所集落整備計画研究室)と民間が共同で開発した『ゆらぎ解析ソフト』を使った記事が掲載されたのです。坂本龍一さんの「energyflow(エナジー・フロー)」でもα波は顕著に表れ、癒やし効果が確認されましたが、そんなことよりも、この記事が掲載された前の頁が、カラーヌードグラビア写真だったという落ちが付いたのが強く記憶に残っています。「まぁ、いろんな研究があるけれど、研究成果というのはこんなところには普通載らないわなぁ」と研究室員みんなで大笑いしました。

 「さようなら。命尽きるまで、誠心誠意、「音の世界」と向き合い、その美しさを教えてくれた偉大な音楽家 坂本龍一様。安らかにお休みください」

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