生命・安全・安心の自給力

 私は、元々は農業土木が専門で、農業水利施設の水理学的安全性や圃場からの土砂流出の問題などの研究をやっていたのですが、研究を始めて10年経った頃、ある事件がきっかけで、農村計画の研究を始めました。どんな事件だったかについてはまたの機会にお話するとして、この時に、農村について何も知らない私に、足と酒で学ぶ現場主義で、農村のことを一から八ぐらいまで教えてくださったのは、恩師でありかつ研究室の上司である筒井義冨先生です。現在のNPO法人「チーム田援」の代表です。

 筒井先生とは、その後、研究室が担っていた集落整備計画研究、いわゆる集落の自治機能の強化や景観・文化・生態系に代表される集落環境形成に係る研究を、昭和63年より二人三脚で約10年を共に歩んできました。出会いから数年経ち、私も博士論文が仕上がり、まがいなりにも少し先生と対等に意見を交わせる程度になった頃、研究室で毎日のように、夜遅くまで、これからの農業・農村のあり方について議論したものです。

 いつも、夕方5時半までは、本業の研究に没頭していましたが、それを過ぎると、一日の作業報告や現場調査の進捗状況などの確認をするため、センターテーブルに集まり、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)をやっている内に、「これからの農村どうなっていくんですかね」という議論になって、それこそ激論になった時は、二人とも農政を背負えるような研究者ではないにも関わらず、研究の範疇を飛び越えて、夜中遅くまでああでもないこうでもないとやりあったものです。他の研究所職員や大学の先生、学生も入って、「朝まで生テレビ」みたいになった時もありました。今なら、勤務管理上まずいので、早く帰れってことになりますが、その当時でも、管理職に迷惑かけてはいけないと、少しは気を使い、居酒屋なんかに場所を移して、続きをやったりもしました。その時に、よく出た話が、食料自給率の問題でした。

 日本の食料自給について何をそんなに激論したかについては、後半にお話しすることにしますが、今回、この話をしてみようと思ったのは、やはり新型コロナウィルスの問題に発端があります。先ずはそこからお話しましょう。

 まだ新型コロナウィルスの世界的蔓延は終息してはいませんが、すでにここに至って、これまでの社会のあり方を根本から考えさせられる問題がたくさん浮き彫りなったことは確かでしょう。ポストコロナの社会の方向性については、社会学者、未来学者、情報学者、政治学者とそれらを抱える多くのシンクタンクが様々な問題に触れているので、高尚な話はそちらに任せますが、私がこれからの社会のあり方としてたいへん気になったのは、「ビックデータを核とした情報化時代の急激な進展」と「グローバル化とローカル化のバランス問題」です。

 これまでも社会の情報化は徐々に進展してきました。ちょうど一年ほど前、「言わせてもらえば」のコーナーでSociety5.0 (2019.4.22)について触れ、情報化社会の進展に伴い、農業のICT化も進むことを示唆し、急がず乗り遅れず、それぞれの地域農業の身の丈に合わせた改革をしていくべきだとお話ししました。情報化の大きな波は、これまでの社会の仕組みを変えつつあり、AIの発展も加えて、働き方もかなり変わってくるだろうし、ビックデータ産業がイノベーションを起こすことは予測できましたが、既存社会に緩やかに定着することが望ましいと思っていました。しかし、今回の新型コロナ問題は、その進展を緩やかになんて言わせてくれなくなるほどに情報化に拍車をかける結果となりそうです。救急時の患者の適正な配送や病床管理の一元化による安全で効率的な医療体制づくりも、思った以上にICT化は進んでいないようなので、早急に整備しないといけないし、個人情報の扱いが非常時ということで、曖昧な位置づけのまま進んでいることが懸念されますが、携帯電話のGPSや双方向データ通信機能を使った監視・管理システムも、あっと言う間に現実化するでしょう。また、人や物が世界中を行き来し、社会と経済の垣根をなくすグローバル化による恩恵と功罪が、より明確になってきたと言えるでしょう。感染拡大を阻止するためのグローバル化の緩和とは裏腹に、効果的な対策を打つためにも、医療情報のグローバル化は拡大せざるを得ない。そして、統治としての迅速性と地域互助力のローカルの強みと、財政・経済・インフラ基盤と連携の弱みが見え隠れするローカルの中で、政治的決断がどちらに転ぶのかということが、今後の大きな焦点になるのだろうと思います。

 特に、このグローバル化とローカルのバランス問題は、そのまま自給力という問題に繋がります。国家という単位がある限り、世界のリスクを世界が救うことは難しいでしょう。日本は「ローカル日本」のリスクを背負い続けなければならないのです。

 日本の食料自給率がカロリーベースで37%というのはよく知っている数字ですが、今回もっと驚いたのは、マスクやアルコールなどの生産も自給できていないということでした。マスクで使われる不織布はほとんどが中国に依存し、中国や東南アジアでの生産が多いので、マスクの自給率はわずかに20%だということです。

 蕎麦屋に行って、もり蕎麦を注文して、「このそばはどこ産ですか」と客が聞いたら、店主が「そばは北海道産だけどよ、ざると割りばしとネギ、つけ汁に使っている干しシイタケは中国産、後、醤油は日本産だけど、大豆はアメリカかな」と返してきたという笑い話があるが、今回、何から何まで海外に依存していることがよく分かり、日本の自給力の脆弱さが悲しい。

 さて、筒井先生と激論していると、よく出てきたのが、「徴農制」という言葉でした。もちろん、訳の分からない二人が何も知らないで、好き放題言い合っているので、なんの具体性もありません。ちょっと語弊がある言葉ですが、言いたいことは、「食料だけは誰でもが生産する知識を持っていて、自分の食べ物くらいはいつでも作れるようにする。どこかの国には徴兵制があるように、高校を卒業したら、一度は食料を自分で生産する力を持つために、数年は農業現場に徴収されてもいいんじゃないか」ということです。土や水や自然、生き物に三年ぐらい触れてから社会に出たって損はないのではないかと」ということです。農業をやっている方からすれば、「農業という職業をそんな甘く見て貰っちゃ困るなぁ」と言われるでしょうし、自由主義に反する乱暴な意見であることは承知していますが、私たちの言い分は、自分の命、安全・安心の根源を見つめる力がなければ、自給することの意味は伝わらないのではないかということでした。

 今回の新型コロナの問題で、生命・安全・安心にかかわる消費や事案は、経済産業ベースに乗せてはいけない部分があるとはっきりした。徴農制までは無くても、一人が一つの職業ではなく、農業や医療などの生命、安全、安心にかかわる様々な分野と自分のやりたい分野などで多様に働きあい、助けあい、生命・安全・安心だけは自給できるような社会が必要だと、より強く感じました。

※自給率と自給力は農林水産省のホームページでご覧ください。https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/011_2.html

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