多様な情報収集が農村づくり

 三重県の松坂市のうきさとという集落に、私の農村づくりの先生、養鶏農家を営む西井さんがいました。もう亡くなられて6年が経ちましたが、私が農村づくりでお世話になり、いろいろと勉強させてもらったのは、平成12年から5年ほどです。県の普及員さんにこの地域を紹介して頂き、地域独自で取組まれている様々な特徴ある活動について聞き取りをしている内に、仲良くなり、ワークショップの研修場所として集落の施設や環境を提供していただきました。この研修では、多くの集落住民の参加によって、地域住民に寄り添った深いワークショップが開催できて、研修に来ていた道府県の職員の皆さんにも効果的な研修となりました。また、私にとっても心に残る偉大な先生で、未だによくあの頃のことを思い出します。

 ここでの研修は、その時の一回限りでしたが、西井さんとは、その後も、事ある毎に連絡を取り合っていました。私も、この頃には、全国のいくつかの地区で住民参加型の農村づくりを手掛け、知識もだいぶ溜まってきていましたし、平成元年から始めた景観研究や農村が有する多面的機能の一つである保健休養・教育機能の研究についてもある程度成果が見えてきたところでしたので、忙しくなりつつありましたが、彼の勉強会の呼びかけには欠かさず出かけていました。

 平成14年ではなかったかと思いますが、彼から久しぶりに電話がありました。

「山本さん、集落の用水路周辺の修景整備をしようと思うてるんやけど、知識があらへんもんで、来てくれるかいな」

 私は水辺づくりの資料を作って、さっそく、うきさと集落に向かいました。松坂市はとにかく遠い。車で駅にまで向かいに来ていただかないと、駅からうきさと集落までもまた遠い。バスの終着駅で、もうその先は山道に入るというところ、どん詰まりの集落だ。しかしそれだけに、自然豊かで山も水も美しい、集落の佇まいもしっとり柔らかだ。そして、何よりもこの地域の特徴は、人の良さ、明るさだ。

 昭和63年、バス路線廃止への反対を契機に、農村づくりが始まり、地域の女性陣が「ささゆりの会」を結成。御主人たちの力を借りて、丸太小屋の農家レストラン兼直売所をバス停近くに建造したものの、どん詰まりの集落に特産を買いに来る人、わざわざ飯を食べに来る人はいない。でも、女性陣はめげずに、条件不利を笑い飛ばし、それならと、無料の「朝がゆの会」を開き、駅前でビラを配って市内の住民との連携協働を始めたのです。自然が豊かで、特産もあるので、ホームページなどでは観光地としての紹介が多いが、私は観光地とみていません。うきさと集落は、『山里の生活を笑って楽しむ』という視点が都市部から人を呼び込み、それがまた大きな笑いの輪を作り発展したコミュニティ醸成型、今で言うと関係人口拡大型の農村づくりの成功事例だと思っています。

 この時も、いつものように西井御夫妻が笑顔で迎えてくれ、御馳走してくれました。水辺づくりの勉強会も終わり、勉強会に出席していた地元の皆さんが帰り、西井さんと夜遅くまで農村づくり談議をしていると、彼がこんなことを言い出しました。内容はちょっと脚色していますが、おおよそ間違いないと思います。

「山本さん、バス停向こうに農協支店があるんやけど、あれ撤退して無くなるらしいんや。そんなんなったら、ここの集落生きていかれへん。こないだ、農協へ抗議に行って、『撤退するんやったら、うちらの集落みんな、組合辞めるで』って言ってやってん」

「えらい過激ですね」

「ほりゃそうや、死活問題やからな。まぁ、怒ってもしかたいんで、『撤退はしかたないけど、ほんなら、あの建物、そのままタダで貸して~や、自治会で日用品屋やるさかい』って、ええアイデアやろ。自治会も本気で考えとるんや」

 これは、全国で展開している地元直売所とか移動コンビニみたいなもので、今では珍しくもないが、今から20年ほど前にこのアイデアが西井さんから発せられた時は、すばらしいと思うとともに、これからこういったモデルは増えて来るだろうと確信しました。単なる問題解決ではなく、過疎化が進む農村において、これまでの自治の範囲に捕らわれることなく、住民が自らできることはどこまでかということにしっかり向き合っていることに感動しました。その後、農協の建物は自治会が交渉の末、格安で土地ごと購入して、その後そこにあった郵便局の民営化に伴う開局もやってのけました。

 今日私が言いたいことは、こんなすばらしい事例地区がありますと言うことではありません。農村づくりのアイデアの根はどこにあるのか知ってもらうことです。アイデアをモデルにして、事を成すのは簡単ですが、どこが問題で、何をすれば解決するのかのアイデアを出すのはとても難しいことです。また、彼が一人でやったのではなく、他の住民の方も互いに知恵を出し合い、苦労してここに行き着いたのですから、良いアイデアがあるだけでは済みません。アイデアを実現するための合意形成や農協・郵便局との交渉には多くの住民の思いが詰まっていることと思います。

 それでは、どうして西井さんは、ポンポンとアイデアが出て来て、どうして住民は根気よく合意形成ができたのでしょうか。それは『勉強』という二文字に集約されます。当たり前の答えなのですが、実は多くの地域はそれがやれておらず、物まねをしているに過ぎません。大切なのは、お手本どおりやるのではなく、自らアイデアの本質に辿り着くことで、そのためには『勉強』するしかないのです。そして、ここでいう勉強とは『多様な人脈、多様な分野を通して、多様な情報を取り入れること』です。

 彼らにとっては、私の助言や指導なんて微々たるもので、日頃から、三重大学や県職員や都市住民、松坂市内のボランティア、報道関係からの幅広い意見を求め、全部しっかりと情報を聞き取って議論をしていました。そして、勉強で得た情報や知見をつなぎ合わせたり、外したりしながら、地元サイズ、地元仕様を自ら考えていることです。これがアイデアなのです。よって、閃くための土台づくりをしっかりと整えること、つまり『多様な人脈、多様な分野を通して、多様な情報を取り入れること』が、寧ろ農村づくりの本質となります。

 この時も、夜は更けて来るのに、彼は私にまだまだ湧き上がってくる農村活性化の隠し玉のアイデアを夜3時過ぎまで話してくれました。

「山本さんは、さっき、『水辺に相応しい地元の木は何かを考えてみて』っと言いはったけど、水辺にお茶の木ってどないや。三重はお茶の産地やけど、あまり知られてない。お茶はええんちゃうかな。お茶って、放っておくと背丈以上に伸びよるのを知っとるか。木の本来の形で味合うという考え方はどやろか。景観と味わいで一石二鳥やで」

 農家として、そして地域生活者として実際に苦労していて、さらに幅広く勉強している方には、私のような上辺だけの農村研究家は、到底、敵いっこありません。

 本物の農村づくりは、奥様と地域の人々がしっかりと引き継いでいるようです。一度また、もろへいやうどん食べに行かないと。

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