農村と都市の「結束」

 アメリカ合衆国では、1月20日、ジョー・バイデン氏が新しい大統領となり、就任演説でユニティ「結束」を強調しました。

 演説の中で、「自分と見た目の違う相手、自分と信仰の仕方が違う相手、自分と違う情報源からニュースを得ている人たち、そういう相手を疑うばかりでは、答えは見つからないだろう。赤い州と青い州を対立させ、農村部と都会を対立させ、保守派とリベラルを対立させるこの礼節を欠いた戦いを終わらせなくてはなりません(BBC訳参照)」と発し、敵対する相手に敬意を払い、接し、互いに聞く耳を持つことから始め、「結束」することが民主主義を守るために大切だと述べました。

 政治も宗教も文化も、相手の価値観を真っ向から否定すると分断に繋がる。元々、どれも対立させるものではなくて、単に互いのこれまでの時間の中で生まれ、伝承され、形を変えて来た、今の姿であるに過ぎないのに。

 急に小さな話になるが、文化や宗教やものの見方が異なる相手に対して敬意を払うという言葉を聞いたところで、昔、日本のある町が取り組んだ都市農村交流事業のことを思い出しました。

 この農村では町行政が積極的に都市住民を呼び込んで、地元農家との交流を図っていました。観光課の事業で、様々な家族形態の都市住民と様々なタイプの農家とのマッチングをするものです。もう、三十年も前の話ですので、今のような至れり尽くせりみたいな制度ではなく、観光課が仲人として間に入り、希望があった都市住民に農家を紹介して、互いに相手として良いということになれば、都市住民が直接その農家に行って、家族の縁組式のようなものを執り行うものでした。

 受け入れ家族は、東京在住で、家族3~5人程度の核家族の方が多かったと思いますが、周辺の地方都市部からもありました。また、受け入れる農家の方も、豪農からエコファーマー、林業の方もいましたし、半農半町職員の方もいました。

 たいへん面白い取組で、観光課が、縁組式で、互いの家族が挨拶を交わすところまでは受け持ちますが、それから以降は、都市住民と農家とで自由に付き合うことになっていることでした。

 私も、その制度を使って、家内と息子の3人の核家族で、半農半町職員の方と縁組をしました。夏休みには、虫取り、川遊び、冬休みには、雪遊びにスキーと、縁組先の家に泊らせていただき、2,3日存分に遊び、夜は奥様が作られた郷土料理を振舞っていただき、確か、1泊5000円を払ったと記憶していますが、宿泊代というよりは、縁組をしているので、お世話になるのにお礼を支払う程度のものでした。おそらくは、縁組先の農家ではそれ以上の出費になっていたのではないかと思います。とても親しく接していただき、子供のスキーなんかも、タダで教えていただき、かなり上手くなりました。

 私が縁組した農家は、町職員の方でもありました。ご両親はいらっしゃいましたが、息子さんは就職して町を出て先生になられていましたので、相手からすると、息子が当分は戻って来そうではないので、若い夫婦が孫を連れて帰ってきた疑似体験みたいで、「あれを食べたら」、「これをやったら」と、サービス満点でした。私どもも、どちらかというと、田舎の自然を満喫するための、疎開先みたいになっていて、人間関係については、都会の者どうしの付き合いと差して変わらなかったように思います。つまり、文化や慣習や考え方の違いで、「あれっ」と思うことはほとんどありませんでした。しかし、他の家族縁組の話を訊きますと、都会家族からしてみれば、いろいろと気になることがあったようです。

 これは、豪農本家A家族と小学生3人を子供に持つ都会暮らしのB家族との間で起こった本当の話です。

 豪農本家は、大規模に米を生産されている方でした。家長は60代で、奥さんは50代、その母親であるばあちゃん(仮名:トメさん)も健在。後継ぎは長男の30代と最近嫁いできた20代の嫁(仮名:たえ子さん)と生まれたばかりの赤ちゃんでした。

 そこに、B家族が夏に大挙して出向くのですが、豪農本家の豪邸なのでかなり広く、A家族6人にB家族5人の総勢10人が集まったところで、分家の集まりよりは少ない。

 縁組式の夜の晩餐になって、客人扱いされているB家族とA家族の座卓の席の配置が妙。大きな座卓の短辺に家長が座り、彼から向かって右の長辺の筆頭に長男、長男の横はA家族の夫婦が2人座り、左の長辺の筆頭には家長の母親、その横に家長の奥さん、その横に、A家族の子供たち3人と並んでいる。ここまでは良いのですが、A家族の奥さん(仮名:とし子さん)は東京出身で、その席の配置に違和感を覚えたそうです。長男の嫁、たえ子さんの席が無いのです。食卓にせっせと料理を運んでいて、最後に自分の左隣が空いているので、そこに座るのかと思いきや、運び終わると、台所の方に戻って、赤ん坊と二人で、椅子に座っている。

 さあ、縁組して初めての乾杯という時になっても、たえ子さんが席に着かないようなので、とし子さんが、気を利かしてと言うか、不憫に思ってと言うか、不満もあって、声をかけた。

とし子「たえ子さんも、一緒に乾杯して、こちらで飲みませんか」 

 とし子さんは、声をかけてもらった嬉しさで、ニコッとして、赤ちゃんを抱っこしたまま、席を立った。とし子さんにはそう見えたそうです。でも、次の瞬間、たえ子さんから見れば、ひいばあちゃん、いわゆる、おおしゅうとめのトメさんが、即座に口を出したらしい。

トメ「たえ子はいんだ、下戸だから」 たえ子さんは、立ちかけた腰をそのまま、椅子におろした。 
たえ子「あっ、私は良んです。赤ちゃんいますし、はじめてくだせい」

 都会のとし子さんは、その後もなんとかして、耐え忍ぶたえ子さんを席に着かせようとしたそうですが、なんだかんだと、おおしゅうとめとしゅうとめの鉄壁の封建の壁に阻まれたということです。

 もちろん、たえ子さんは下戸ではない。寧ろ酒も好き、人付き合いも大好きであることは言うまでもないだろう。

 今は、いくら都会文化が入ってこないド田舎であっても、これほどの封建的な家族というのはお目にかからないが、30年前はまだ、東北のとある地域ではこんな感じのところもあったのです。

 この縁組、とてもうまく行った例であり、その後もしばらくは、深い付き合いが続き、お互いに都市農村を行ったり来たりしていたようですが、都市に住む家族の方は、いつか、あの風習というのか封建文化というのか、何やらわからないものを崩してやりたいと思っていたそうです。でも、その反面、あれはあれであの地域の生き方であって、こちらの価値観で、むやみやたらに壊していいものではないのかもしれないとも思っていたようで、最後まで、相手の家族のルールに直接切り込まないようにして、時々、うまく、たえ子さんのストレス解消を支援していたようです。

 価値観や文化の違い、政治や宗教の違いを理解し合い、聞く耳を持つのはけっこう難しいことだ。「郷に入っては郷に従う」という言葉もあるが、単に相手に合わせているだけであって、心から従うことはできない。こんな小さな農村の風習や文化であっても、一気に違う方向へ曲げることなんてできないのです。

 ましてや、大国アメリカが抱える様々な分断が、簡単に修復されることはないだろう。見た目そうなったとしても、根強く分断は残るものなのだ。それが自由というもののように思います。そう考えると、バイデン氏が使った「結束」という言葉は、一つになることではなく、異なる価値観や思想をある目的に向けて束ねるという意味であって、矛盾しているようにも思うが、「分断」したままの「結束」というものが特定の目的の上にはあるということかもしれない。それを民主主義というのだろうか。

 政治も宗教も文化も、一人一人の生きる価値観も、否定するもの、否定できるものではなく、互いに理解するものである。理解しあうところに、歩み寄りがあり、結束があるのだろう。

 都市農村交流は、単に農村の環境や文化を享受する取組であってはならない。互いの価値観の違いを知り合い、新しい文化を築いていく取り組みとしていくべきであって、それが、都市社会と農村社会の真の交流に繋がるのではないだろうか。

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