世界の勢力争いと雑草の攻防

 中国政府は燃えていますね。7月1日、中国共産党100周年の記念式典が天安門広場で7万人近くの群衆が集まり開かれました。東京オリンピック会場となる新国立競技場の観客席数が68000人なので、丁度あれ一杯に埋まるくらいの共産党関係者が一堂に介した訳だ。コロナ禍でなかったら、日本でも7月23日の開会式の日にはそれぐらい集まり、日本も元気だぞと言えたであろうに、残念なことだ。

 習近平国家主席は、強い口調で、『小康社会』を作り上げた成功を称え、覇権主義と強権政治に反対し、特に米国を念頭において、外国の批判に決して屈しないことを宣言した。朝日新聞に出ていた訳をそのまま使うと、「我々をいじめ、服従させ、奴隷にしようとする外国勢力を中国人は決して許さない。妄想した者は14億の中国人民が血と肉で築いた鋼の長城にぶつかり血を流すことになるだろう」と言い放ったということだ。言葉の選び方はいつの時代のものなのかと思ってしまう。

 現在、少々経済の方は陰りも見え始めてはいるものの、世界第二位のGDPも、もう数年後にはアメリカを抜き一位となるであろうという予測も立っているそうで、中身はどうあれ、中国経済の躍進ぶりはたいしたものである。

 筆者は別に資本主義が良く、共産主義や社会主義が悪いとも思っていませんし、民主主義が絶対に人を幸福にし、専制主義や全体主義が人を不幸にするとは思っていません。いつもの私のスタンスは、多様性の調和した共存こそが世界のあり様であろうと思っています。その時代、その国のおかれた現状において、どちらかがうまく、または強く働くかということではないのかと思います。日本も帝国主義の時代はあった訳ですし。

 しかも、この多様性は社会を「○○主義」という範疇で括って、マクロに見たものでありますが、もっとミクロに社会の中を見ていくと、実際にはアメリカの社会も分断していますし、中国も国内の統一感はそれほど明確ではありません。中国から見れば、アメリカがいじめ、服従させようとしているように見えるのであろうが、アメリカからすれば、中国が東南アジア諸国をいじめ、服従させているようにも見える訳で、互いに、目を剥いて牽制し合うほどのことではなく、常に「対話と圧力のバランスの駆け引きをしましょうね」と言うしかないのではないだろうか。つまらない衝突で、攪乱さえしなければ、見せかけでみんなが手を繋いでいるよりは、静かに牽制し合っている方が健全なのではないかとも思います。

 野原の雑草の勢力争いも、よく見ているとどうもひとり勝ちということは少ない。季節によって、場所によって勢力図は徐々に変化し、最後はセイタカアワダチソウだらけかと思いきや、その中になんとか小さく群生を維持している奴もいたりする。また、セイタカアワダチソウも次第に勢力を弱めて、やがてススキが勝ってくるとも聞く。以前の勢力とは逆転しているらしいのである。そうかと思えば、メヒシバなんかは、生えるところによって、上に伸びるものがあったり、地面を這うように伸びるものがあったりと、形態そのものまで変えて、環境の変化に対応して来る。

 雑草の攻防を見ていると、なんとなく世界の勢力図の変遷を見ているように思う。一つの植生が完全に他を駆逐するまでの戦いをしていない。それは常に、人には気づかない植物同士の情報の受け渡しがあるからなのだろうか。私は植物のことは良く知らないし、雑草のことなどまったく知識を持っていないが、少なくとも長い年月生き抜いてきた植物はそれなりに、環境の変化にフレキシブルに対応する能力を持っているものだと感じる。互いに打ち消し合って、野原を丸坊主にすることなんてない。そんなことができるのは、人間が除草剤という原子爆弾でも落とさない限りはあり得ないのだ。

 私も一度研究をご一緒させていただいた先生なのですが、静岡大学に稲垣栄洋さんと言う雑草学の大先生がいらっしゃる。元、静岡県の農業試験場にいらっしゃって、その時に、景観の調査関連で共同研究をさせていただいた。この先生が、かなり面白い書籍を何冊も書かれています。『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)、『弱者の戦略』(新潮選書)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHP文庫)、『世界史を大きく動かした植物』、『雑草という戦略 予測不能な時代をどう生き抜くか』など、雑草の生き方は社会の生き残り戦略と似ているということを書かれていて、私も3冊ほど読ませていただきましたが、どれも分かり易く素晴らしい書籍です。「言わせてもらえば」のコーナーでは、滅多に書籍の紹介はしないのですが、中国共産党100周年記念式典の新聞記事を読んでいる内に、なんとなく雑草の勢力争いを思い出し、稲垣先生のことを思い出し、本を読み返しました。

 稲垣先生が言われるように、世界、社会、経済の動きは、植物から教えられることが多いようだ。まだ文章にするほどは整理できていないので、今日は、農村づくりの話にはなりませんでしたが、雑草の生き残り戦略に多様性があるように、農村づくりも、様々な雑草の個性から学べることがあるのではないだろうかと思い始めました。

※文頭の写真:セイタカアワダチソウが増え始めると、普通、だいだいはこんな感じになってしまうんですけどね。

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