盛り土問題を農村づくり視点で考える

 今年7月3日に静岡県熱海市で大雨により土石流が発生し、死者は26名、行方不明者1名の大惨事となりました。お亡くなりになられた方々の御冥福をお祈りするとともに、ご家族、ご親族、関係者の皆様に対しまして哀悼の意を捧げます。本日は、この悲しい人災とも言える災害の発生経緯が徐々に明らかになってきたことについて、いくつかの情報を紐解きながら、『農村づくり』の視点からできることを考えてみたいと思います。

 その後の調査によると、土石流は斜面の「盛り土」が崩落し、被害を拡大させたことが分かっており、原因究明が進められてきました。その結果、先週10月18日のニュースで報じられた内容は、10年前の平成23年に、市が危険性を認識し、県と対応を相談したうえで盛り土を造成した業者側に安全対策を実施するよう命じる文書を作成したものの、発出を見送っていたことが明らかになったというものでした。

 問題の発覚が実際にはいつ頃だったのかは明確ではないようですが、平成19年頃には計画以上の土砂搬入があったことが明らかになってきて、その危険性に行政も気づいていたようで、19年から22年までの3年間、搬入中止を求める行政指導などを複数回行っています。しかし、業者が指導に応じず、改善されないまま3年が過ぎてしまいました。この間も土砂搬入は行われていたようです。

 そして、平成23年2月になって、所有者が代わったことを機に、以前よりも重い行政処分を出すことになり、ようやく同年6月に措置命令の決済が市長によりなされました。これで一件落着かと思いきや、ここからの行政判断にも疑問が残ります。告知直後に業者が防災工事を始めたので、工事継続を前提に命令は出さないままとなったと言うのです。認可した行政側の責任もあるため、つい緩い判断になってしまったのかも知れない。少し予測できることではありますが、事は悪い方に展開し、措置命令が見送られた僅か数か月後の11月に工事は中断され、業者への連絡も困難になったと言うのです。後はズルズルです。土地所有者への要請は法的規制がないため、見守りをするしか手段がなく、命令は発動されないまま約10年、現在に至ったというのが事の顛末です。

 熱海市長は、措置命令が出されなかった理由として、それまで防災工事の要請に応じてこなかった業者が工事を一部進めるなどし、盛り土の地盤の安定化が図られたなどとして「一定の安全性が担保されたと判断した」と述べた上で、当時の判断については「正しかったと思っている」と述べていますが、別の情報では工事は中途半端であったとも伝えられています。なんとなく、すべての情報がどの段階でも他人事(ひとごと)のように扱われていることが気になります。

 21日のNHKニュースで特集が組まれていましたが、盛り土の崩落は全国でこの20年余りで40件以上起きていて、全国どこでも起こりうる問題ということが分かりました。また、一律に規制する法律がなく自治体が条例で対応しているため、罰金の額や行政指導にも限界があるとして、道府県からは法整備を求める声が相次いでいるそうです。

 法整備は当然必要ですし、行政命令違反に対しての罰則の強化も必要です、安全な盛り土基準や崩落を防ぐための防災措置の基準の整備も重要ですが、最も重要なのは、土の搬出から搬入までの流れを追跡できるようにする行政情報管理と地元で住民自らが目を光らす地域環境管理と住民と行政の情報共有ではないかと私は思います。

 最近の「言わせてもらえば」では、ここ数回、京都で行った古い農村づくりの事例を紹介していますが、今日も20年以上前の京都の山村で行った集落環境点検の話を題材にして、この地域環境管理と情報共有について考えてみます。

 私は、農村づくりを進める時には、住民の皆さんに、必ず集落環境点検を一度はやりましょうと進めています。この京都の地区でも点検作業を先ず最初にやりました。よく行われている点検では、地域活性化へ向けての地域のお宝探しのような観点ものもありますが、元々この取組は、環境上や安全上で問題のある場所を探すのが目的で、ゴミ収集場所周りは綺麗に整頓されているか、公園の草刈りは行き届いているか、道端や農地の片隅に農業資材などが廃棄されていないか、道路や水路が壊れていないか、子供たちの通学道路は安全か等をチェックして、自治でできるものは自治で改善、行政に頼まないといけないものは行政に頼みます。自分たちの環境の状態を五感で確認することと、一部の利害関係者だけではなく、関係の無い人も含めて、住民全員が情報共有し共感することが大切で、道路や水路の点検などは多面活動そのものであります。

 点検を終えた後、集会所に戻ってきて、住民の皆さんが見て来たものの中で問題があった箇所や良かった箇所について報告をするのですが、2回目の時でしたが、ある点検班が、日頃は足を運ばないため池の山側の道を点検し、建築廃棄物がうず高く積まれていたのを発見したのです。また他の班では、大阪から来たという昆虫販売業者(おそらく)に出くわしたというのです。彼らは何を取りに来ているかは言わなかったそうですが、私有地に勝手に入ってきて、希少種のギフチョウを狙っていたのではないかということでした。どちらも、知らない業者が自分たちの土地に勝手に入ってきて、法律もマナーも無視して、自分たちの環境を荒らしている例ですが、集落住民はこの環境点検を通じて、初めて知らなかった事実を発見することができた訳です。

 小さくて気づきにくい環境の変容であっても、常に変化を捉え、問題を整理して、行政に進言していく。もちろん、それで行政が直ぐに「はい、はい」と動く訳ではないかも知れません。行政もお金のない中で、たくさんの他地区の問題も処理している訳ですから、住民がすぐになんとかして欲しいと切実に迫ってもなかなか円滑には処理しきれない。でも、だからこそ環境問題は継続点検が最重要で、いつ誰が気づいたのか、その時の状況はどうだったのか、それが時間経緯でどのように変化していったのかを克明に記録することから始めます。毎日、毎月点検することはできませんが、年一回は住民全員で地域全体を隈なく確認するぐらいはできると思います。「そんなことしたって、行政はちゃんと聞いてくれない」という方もいますが、継続は力なりであります。今回の盛り土の例のように、法的処置の狭間となる問題もあり、簡単には行きませんが、決して諦めてはいけないでしょう。当然、災害に至ってからの責任問題は追及しなければなりませんが、最初の段階では、行政や法に頼りっぱなしではいけないのかも知れません。

 京都のその地区も、当時行政に相談に行っても何もしてくれませんでしたので、自分たちで、柵を作りトラックの進入を防ぎ、昆虫販売業者には対しては、毎年特定の時期になると監視を強化し、どちらもその後は確認されず、事なきを得ました。大事な点は、自分たちの地域をよく見ておこうと言う心がけとその情報を定期的に継続して住民と行政と共有しようということではないかと思います。その地区は、それから数年間は毎年一回の点検作業をやっていました。

 行政が悪い、制度が悪いと言えばそこまでです。どうしようも無くなる前の通常時から情報を継続して共有していくという精神が日本の仕組みの中に足りていないのではないかと思うのです。

※茨城県にある国営ひたち海浜公園のコキアの丘の紅葉を見てきました。すばらしい丘陵景観です。ここは盛り土ではないですが、盛り土して丘になったら、傾斜度の規制、土留めや周辺緑地化も含めこれぐらい環境整備することにしたらどうだろう。時代はSDGs、捨てることにもっとお金を掛ける時代ではないかと思います。いや捨てないでの再利用の方が良いか。

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